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金子國義

どうも最近酔っ払うことが多くって、弱くなったなぁ・・・。と嘆いてみたり。
ネタ的には最初はいいんだけど、深夜になるとネタに困ってシモに走るようです。
気をつけないとね。
イイトシしてんだから。

Eat the rich


昨日は関西出張。
いやぁ〜それにしても大阪は蒸し暑いわ・・・。離れてみるとあの暑苦しさは異常!
汗だくでしたから。

それにしても、このパリスヒルトンはエロいです!
それがまたいいカンジ〜。

なにがいいって、パリスヒルトンの下乳もいいけど“Eat the Rich”がいいよね!
馬鹿っぽくって!
馬鹿だしっ!
計算ならスゲーけど。
「富を貪る」なんて、こいつぐらいにしか似合わないですよ。
その辺の連中(小金持の諸君)にはいえないキャッチフレーズー!

madonna sex 1のコピー


アートディレクターFabian Baron
フォトグラファーSteven Meisel
によるマドンナ「SEX」。古すぎるっすか?(笑)

まぁ、なんてゆ―んでしょう?ワタクシ的にはアートディレクター的な仕事に変化させたいわけですよ。
クリエイティヴディレクターの仕事を領域にした業務範疇を確立したいわけ。
インテリアデザインにおいてのね、わが社のスタンスについてはいいとして、能力のあるスタッフにはそれなりの仕事をさせねばならんだろう?
となると、そういった奴らには肩書きをつけてやる必要があるわけで、ならば上に詰まってる連中を押しのけれないんであれば別枠を作れと!こういうわけだ。

まぁ、ワタシのことはさておくと、こういう劣情に訴える扇情的な絵を構成した“SEX”はお手本だねぇ。その辺のエロ写真にはないストーリーだよね。なんか肌の透明感とか、ひんやりした印象とか吸い付くような肌の湿り具合とかたまらんですな。まったく。

(ちなみにこの写真を選んだわけは、男性の髪の毛の長さとくねくね具合が今の私の状態に近いというところで。誤解を招かないように注釈をつけておくが、ワタクシはもっと年喰ってるし、ひげも生えていてこんな風な美しいものではないとだけ入っておく)

lafaceのコピー


今日は健康診断でバリウムまで飲んできました。
朝食を抜いておなかも空いていたんですが、炭酸&バリウムでおなかいっぱい(笑)
今は下剤でくだりののぞみ号みたいにダ――――ッってカンジ(笑)

で、健康診断の看護婦の人に妄想・・・。
エコーを取る部屋は仕切られた小部屋。ローションを塗ったくられて・・・・。あぁ〜。

Richard Avedon (United States of America born 1923)のコピー


だめだ。
こういう痛そうな写真を見るとブルッブルッって背中がするんだよ。

lil_kim-lachapelleのコピー


ブランドがアートのパトロンになるのは非常にエキサイティングなことだと思っております。被写体も好いしね。ブラウンの肌にジャポニズムの刻印が合ってそれがフランスのブランドだってのは、なんか日本人としてもくすぐったい気もしますが、なんかコスモポリタンな気分。

それにしても色のトーンがいいです。
普段私が使わない色で(笑)

デビッド・ラシャペル
David LaChapelle 1963年3月11日-
アメリカ合衆国コネチカット州フェアフィールド生)はファッション、広告、芸術の分野で活躍する写真家/映画監督。シュールかつユーモラスな表現で知られる。

写真集"Lachapelle Land"はユーモラスでセクシーな出来栄えの逸品。
画家かイラストレーターを目指すも、友人を撮影しているうちに写真の世界へ。

18歳でニューヨークのアンディー・ウォーホールのインタビュー誌で働きはじめ、インタビュー誌にて最初の作品を発表。

1992年にキース・リチャーズのアルバム写真を撮影した際、ポートレートの変革を試みる。 彼はカラーで、魅惑的で、ファニーな写真を、奇抜で、現実離れしたアイデアで撮影し、それまでモノクロ中心だったのポートレイトのなかで、極端にカラフルでセンセーショナルを巻き起こした。
そんなところで、オリジナリティーを確立し、ジェネレーションX世代の感性を代表したイメージ・クリエーターとして広く認められた。




ウルビーノのヴィーナス


GWはキッチリご無沙汰をいたしました。
遊んでいたわけではなく修養を積んでいたわけです。
我が家から自転車で15分。上野の森の国立西洋美術館へアート鑑賞に行ったり。
東京の凄いところは樹の大きさ。立派な樹で作られた公園がかなりあるトコロ。
また個人邸でもそういった樹がたくさん残されているところ。歴史を感じます。かなりイイです。

さて、国立西洋美術館。
常設展もいいけど今は貸し出し中(?)観れない部分が多い。その代わりがコレ。
ウルビーノのヴィーナス展。
これはイイです。

本展では、古代、ルネサンス、そしてバロック初めに至るまでの、ヴィーナスを主題とする諸作品を展示します。ヴィーナスの神話が、いかに古代の芸術家の霊感を刺激したのか、そして古代文化が再生したルネサンスにおいて、どのようにヴィーナスの図像が復活、発展したのかを、約70点の絵画、彫刻、工芸品等によって辿ります。特に今回は、フィレンツェ美術館特別監督局の全面的な協力により、ヴェネツィア派を代表する画家ティツィアーノの名品《ウルビーノのヴィーナス》をウフィツィ美術館よりお借りすることが可能となりました。フィレンツェ以外からも、イタリア各地からヴィーナスを表わした選りすぐりの作品が貸し出される予定です。

愛と美の女神であるヴィーナスは、もとは古代の女神でした。多くの神話において主要な登場人物であった彼女は、神話の一場面として他の神々と共に表わされることもあれば、単独で表わされることもありました。そして彼女の傍らには、しばしばその息子キューピッドも登場します。

彼女はルネサンスの時期にほかの神々とともに美術のモティーフとして復活します。古典文学の復興と相まって、彼女は多くの美術作品に登場するようになりました。フィレンツェでは哲学的な議論を背景として、ヴィーナスは慎み深く表現されましたが、ヴェネツィアでは官能的なヴィーナスの表現が発達します。その代表が《ウルビーノのヴィーナス》です。本展では、ティツィアーノ、ブロンズィーノ、ポントルモらによる、ヴィーナスのさまざまな現れようをご鑑賞ください。


展示ではかなり神話のストーリーが説明されていて楽しいデス。
何も知らずに飛び込んでも結構いけるんでは?ぐらいの感覚。テーマをヴィーナスに絞ってるんでできるワザ。よいですよ。かなり。


アラーキー



アートの展開される場所が画廊や美術館だけでなくなったのは実に喜ばしいこと。
商業施設でアートが催されるのは、百貨店なんかでよくやられた手法。
もっとショップの中に入り込めないもんかなぁ・・・。

今、表参道ヒルズでアラーキーのをやってるけど、で、どうよ?
って感じなのよね。いろいろメディアミックスの途中だと思うけど、広告媒体とか放送とか「手段」としてのアートの存在価値ってなんだったっけ?などと考えてみて、まだ纏まらないけど。

なんか普通にインテリアショップとかファッションの店とかで扱われてもいいんじゃないかと。
売り物であったり、アイコンであったり。

――――ん――――?どう?

ベルメール9


昨日ちらっと見た人に衝撃を受けてしまった。
なんてことはないただの女性なんですが・・・。
ちょっとぽっちゃりしてらっしゃるんですが、本人にはその自覚があまりないようで、タイトなニットを羽織ってらっしゃって、スカートをはいてたんですが、肉が変形してるんですなぁ・・・。
締めたところではみ出してて・・・。
スカートのウエスト部分で上下に肉が分散してるとか、スカートのお知り部分でもパンツの上下に肉が散ってるとか、ブラが食い込んでハムのように身体をボンテージしてるかのようにキリキリ言わしてるとか。袖口から出た二の腕が半袖の裾に皺を作ってるとか・・・。
なぜかびっくりして目が離せませんでした。
すました顔に対して肉感的なバデー!
すごい肉だ!と。
気の毒なことに本人にはまったく自覚がないのも芸術的でした。

beuysのコピー


ヨーゼフ・ボイス
(Joseph Beuys、1921年5月12日−1986年1月23日)は、ドイツの現代美術家・彫刻家・教育者・社会活動家。
初期のフルクサスに関わり、パフォーマンスアートやコンセプチュアル・アートの数々を演じ名を馳せたほか、ドローイング、彫刻、インスタレーション、ビデオアートなどの作品も数多く残している。脂肪やフェルト、石などといった素材をそのまま使った立体作品を制作したが、同時代のミニマルアートとは背景となる思想が異なり、素材などの形態よりもむしろそれらが観客に与えるイメージや意識改革を重視した。
また『社会彫刻』という概念を編み出し、彫刻や芸術の概念を「教育」や「社会変革」にまで拡張した。『自由国際大学』開設、『緑の党』結党などに関与し、その社会活動や政治活動はドイツ国内で賛否両論の激しい的となっている。しかしその思想と、『人間は誰でも芸術家であり、自分自身の自由さから、「未来の社会秩序」という「総合芸術作品」内における他者とのさまざまな位置を規定するのを学ぶのである』という言葉は、20世紀後半以降のさまざまな芸術に非常に重要な影響を残している。


はじめてパリに行ったのは、大学生のころ。
ふらふらと一人歩いていた。
ヨーゼフ・ボイスの展覧があってざっとみた。さっぱり理解できないものだった。
ただ習性でパンフはちゃんとかって帰った。

今、建築/インテリア/デザイン/商業にクロスオーバーした立ち位置で仕事をしているわけですが、最近なんとなくこの人が言ってることがわかりかけたような気がする。
こうした心境の変化もこの人の作品に向かって理解したものではなく、間に他人の解釈を入れてのことですが・・・。

それでも、人間の理解はそういうもんだとも思います。
思いません?



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