「Tourists from every country who visit this island should be told how courageous and patriotic were the Japanese soldiers who all died defending this island.」
「この島を訪れる、もろもろの国の旅人たちよ。
あなたが日本の国を通過することあらば伝えてほしい。
此の島を死んで守った日本軍守備隊の勇気と祖国を憶うその心根を……」 ペリリュー玉砕戦についてアメリカの指揮官が詠んだ詩。
当時、パラオは日本領であった。私たち日本人は戦争について、戦争に悲惨さを悲しみ不戦の誓いを明らかにするとともに、なぜ戦いに及んだか?を問い続けなければならない。
日本人だけが責められたもんではない。
帝国主義を標榜していた国、民族主義を推し進めていた国、イデオロギーに染まっていた国、列強に押され何も出来なかった国。
皆、責められるところはあったはずだ。
私は思う。
祖父が赴いた戦地に何の理念もなかったか?祖父らが戦わねばならなかった理由とは帝国主義的な領土的野望か?一介の地方の役人が、行かねばならぬと思った戦地とは国家主義的な思惑だけしかなかったのか?と。
そんなはずはないと思う。祖父と、そしてその戦友らは、本当に命をかけて守るべき者のため、またはその者たちが住む日本のために戦地に赴いたのだと。
そうした私の気持ちを裏付ける資料(物語)というものは世の中にあるものだ。
遠い南の島に、日本の歌を歌う老人がいた。
「あそこでみんな死んでいったんだ・・・」
沖に浮かぶ島を指差しながら、老人はつぶやいた。
太平洋戦争のとき、その島には日本軍が進駐し陣地が作られた。
老人は村の若者達と共にその作業に参加した。
日本兵とは仲良くなって、日本の歌を一緒に歌ったりしたという。
やがて戦況は日本に不利となり、
いつ米軍が上陸してもおかしくない状況になった。
仲間達と話し合った彼は代表数人と共に
日本の守備隊長のもとを訪れた。自分達も一緒に戦わせて欲しい、と。
それを聞くなり隊長は激高し叫んだという
「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」
日本人は仲間だと思っていたのに…みせかけだったのか
裏切られた想いで、みな悔し涙を流した…
船に乗って島を去る日 日本兵は誰一人見送りに来ない。
村の若者達は、悄然と船に乗り込んだ。
しかし船が島を離れた瞬間、日本兵全員が浜に走り出てきた。
そして一緒に歌った日本の歌を歌いながら、手を振って彼らを見送った。
先頭には笑顔で手を振るあの隊長が。その瞬間、彼は悟ったという。
あの言葉は、自分達を救うためのものだったのだと・・・。 祖父は南方戦線に行ったわけではなく、中国大陸に行った。
とくに厳しい前線に行ったわけではないらしいが、決して死なない保証のあるような戦場ではなかったらしい。
祖父は自らの戦争を書物として上梓していてそれを読むと、父のこと 祖母の事も書かれていて、祖母 父の話も聞かされた孫としての私としては泣けてくる所もあるわけですが、祖父の話は男のロマンたっぷりの武勇伝だ。
戦争は決して『良い』モノではないが、その時代の状況によっては『正しい』という見方もあるべきだし、今ある決して悪くない現在は、過去の戦争によってもたらされた未来であると思えば、祖父らの働きは決して否定ばかりにさらされるものではないと思うが、皆さんどう思う?