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ボクが人生で合いたいヒトベスト3.

① アンディー・ウォーホル(故人)
② 川久保玲
③ 桑原茂一

というハナシを、今年の初め桑原さんに会ったときお話した。
どういう基準で?とか、そんな話もしたけど基本的にはコレを決めたのは中学生の頃ですと前置きし、その頃『本当に』夢中だった『新しい』価値観を作ってくれたヒトです。と返事をした。

桑原さんはいまも変わらず“DICTIONARY"を作っていて、今も変わらずクラブ文化の先端にいて、今も変わらぬ手法で世間を茶化している。

そんな桑原さんをボクは今でも尊敬しているし、社会人になって今では自分の考えていることを自由に(ほぼ)やれるようになったので、桑原さんに一緒に仕事しましょうと切り出した。桑原さんは気軽に電話してきてって言ってくれた。

ありがたいハナシだ。

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最初はガキっぽくてやだなぁと思いつつ、部下が貸してくれたのでまぁ読んでみた。
面白い。なかなかどうして面白いじゃないか!
でも、その『錬金術』ってぇのが、その設定はやっぱりガキっぽいよなぁ~。まぁガキのマンガだからしょうがないか・・・。
そんなに言うんなら、おっさんは読むなよってカンジだろうしな・・・。
それでもなぁ~途中で止めれんのだよ。

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期待せずに見たワリには、面白かった。
でも最後はもひとつひねりが足らんな・・・。

『近未来。ミュータントは、人類の進化の次なる段階だった。子供たちの一部はX-Factorと呼ばれる独特の突然変異の遺伝子を持って生まれてくる。この遺伝子を持ったものは、思春期になると特別な能力を得る。ミュータントは普通の人間には恐れられ、嫌われていた。

世界で最も強力なテレパシー能力者、チャールズ・エグゼビア教授は、ミュータントのための学校をつくり、力をコントロールすることを教えていた。そんな中、一人の少女・ローグがミュータントの能力に目覚め始める。』


役者もね、もひとつ『華』がないってゆ――――か・・・。

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エロい。
エロ過ぎる・・・。ここまで出来たらハダカは要らんかも・・・。
妄想に火の点く一枚。

Terry Richardson (born 1965) is a noted American photographer.
Richardson was born in New York City and was raised in Hollywood, California. He has been producing work since the late 1980s and has shot advertisements for numerous fashion designers, including Gucci, Levi's, Hugo Boss, Anna Molinari, Baby Phat, Matsuda, and his most prolific work for Sisley. In addition to advertisement work, Richardson has also shot editorial photographs for a wide array of magazines, including Vogue, Vice , Harpers Bazaar, The Face, and Dazed & Confused. He is the son of fashion photographer Bob Richardson. He has exhibited in Japan, London, New York and Paris.

Richardson's published output is not limited to the contractual work listed above – the full body of his photography can be amusing, bizarre, and shocking to most. Much of it contains sexual elements of a kind not ordinarily seen in mainstream media; Richardson's own sexuality is the subject of much speculation. His trademark style is notably raw, direct, and amateurish, though he is not an amateur. Examples of his photography can be viewed on his website.


来週、大阪のギャラリーに見に行くんですが、来るのでしょうか?きてたらいいなぁ。

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カッコよし。
自分の理想系に近い形で(当時)見た。
ハッピーエンドでないところに『オトナ』を感じました。

ミッシェルファイファーはめちゃめちゃ綺麗。
なんか関係になってしまうシーンなんかは痺れました。

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それにしてもウタはミシェルファイファー本人が歌ってるらしいっすけどお上手。&セクシー。たまらなくかっこいい作品。
間違いなくこの手のジャンルで私のイチバンおすすめ。
ウチの奥さんはハッピーエンドじゃないからイヤだの言うし、ええオトナがもたくたやってんのがイヤなんですって。
もたもたしてるわけじゃないのに・・・。わからんかな~・・・。

The Fabulous Baker Boys is a 1989 film about two brothers who perform a duo piano show together in small Seattle clubs. They hire a singer to keep their act current. The woman they hire causes tensions between them.

Written and directed by Steven Kloves with cinematography by Michael Ballhaus, it features real-life brothers Jeff and Beau Bridges as well as Jennifer Tilly, Elie Raab, and Michelle Pfeiffer in a rare singing role. Although the film is set in the present, its look, mood, and dialogue reflect a nostalgia for films of the 1940s.


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It`s better to burn now than to fade away
衰え消えて行くより今燃え尽きる方がいい・・・・。
ニール・ヤングの歌詞より引用。

1994年、ショットガンで頭を撃ち抜いて自殺。

『あの子は愚か者のクラブに仲間入りしてしまった』
と母は嘆いた。

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ALESSIのワインオープナー。
かわいらしいカタチ。
こういったのがあると家の中の他のデザインと喧嘩するか?
それか、こうしたデザインモノが次第に集まっていくとゴチャゴチャするか?
と、危惧するも『意外と』すんなり収まる。

機能上の問題なし。
非常に使いやすい。
コルクの粉もボトルの中には落とさない。
※まっすぐコルクに入るし、まっすぐコルクを抜く。スクリューはかなり鋭利にできてある。

かなり愛しちゃってます。
デザインはアレッサンドロ・メンディーニ(1931)

Alessandro Mendini (born 1931 in Milan) is an Italian designer and architect. He played an important part in the development of Italian design. He also worked, aside from his artistic career, for Casabella, Modo and Domus magazines. In the seventies he was one of the main personalities of the Radical design movement. In 1979 he joined the Studio Alchimia as a partner and here he worked with Ettore Sottsass and Michele De Lucchi.

As architect, he designed several buildings; for example the Alessi residence in Omegna, Italy; the theater complex "Teatrino della Bicchieraia" in the Tuscan city of Arezzo; the Forum Museum of Omegna, Italy; a memorial tower in Hiroshima, Japan; the Groningen Museum in The Netherlands; the Arosa Casino in Switzerland.

He has been awarded several international prizes, including the Compasso d'oro in 1979 and in 1982. He holds an honorary title from the Architectural League of New York as well as the title of "Chevalier des Arts et des Lettres" from the French Republic.



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絵が好き。
大変キレイで丁寧。
ストーリーはサッパリ先が読めない。
人格が移動できるシステムにもうひとつ納得がいかないのですっきりしない。
『目玉』のバーコードぐらいまでは意外とすんなり肚にはいった。
ルーシー・モノストーンはカッコ良さそうだ。
あんなカンジは嫌いではない。
単行本化が遅く次が出るまで大変いらいらする。
でたらでたで前の話を覚えていない。
非常につらい。
でも
たのしみ。出たら買う。

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ヒップホップの重要人物アフリカ・バンバータ。
ボクが最初にFMで聴いた『ラップ』はRUNDMCとタイムゾーン。
たぶん中学生だったとおもうけど、その後RUNDMCはすぐ手に入ったけどタイムゾーンはそのエアチェックのテープしか手に入りませんでした。

Time Zone featuring Afrika Bambaataa & John Lydon - World Destruction

コレを聴かずにヒップホップは語れないし、ジョンライドンの多様性(っていつもと同じ歌声だけど音楽の興味)が激しく広がった時期のこのタイムゾーンは聞き逃してはなりません。

Time Zone was a hip hop band headed by Afrika Bambaataa. Bambaataa worked with different musicians for each Time Zone project.

The first Time Zone single was the 1983 electro song "The Wildstyle" which featured music from a German project called Wunderwerke. Bambaataa was introduced to their music by Rusty Egan of Visage. The song became very popular among breakdancers at the time.

In 1984, Time Zone released their most well-known single, "World Destruction". A collaboration between Bambaataa, Public Image Ltd. leader John Lydon, and producer/bassist Bill Laswell, this single is the first real rapcore song; predating Run-DMC and Aerosmith's "Walk This Way". The single was arranged by Laswell after Lydon and Bambaataa had acknowledged respect for each others work:


Afrika Bambaataa: "I was talking to Bill Laswell saying I need somebody who's really crazy, man, and he thought of John Lydon. I knew he was perfect because I'd seen this movie that he'd made (Copkiller), I knew about all the Sex Pistols and Public Image stuff, so we got together and we did a smashing crazy version, and a version where he cussed the Queen something terrible, which was never released."
John Lydon: "We went in, put a drum beat down on the machine and did the whole thing in about four-and-a-half hours. It was very, very quick."




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エレクトリックライトオーケストラ。
エレクトリックと言いながらこの頃には、もっとエレクトリックな音が普通になっていたので『何でやねん!』的なツッコミをした。
とはいうもののメロディーのつくりはサイコーで、スケール感のある壮大な曲なんかなかなか出来るもんではない。
いまオペラ的なロックを作るヒトも少なくなったし(ダイイチ流行んないし)。
ELO - Secret Messages

そんななかで時々生まれるロックオペラなヒト。最近では“GAIA"なんかがその部類か?全部自分でやっちゃう天才なんかは時々出てきますね。

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『デスノート』全12巻 怒涛の一気読み。
大変しんどかった。
強迫観念。疑心暗鬼。パラノイア。どれもこれもそのときの自分に・・・。
2日の付き合いでスピード感もって迫ったから助かったけど、連載に合わせて読んでたらたぶん心不全か神経衰弱してたと思う。
それぐらい自分を重ね合わしてしまっていた。

それにしても小畑健が逮捕されてましたが、連載中だったら休載になっていたかも!

乗用車内にナイフを所持していたとして、警視庁石神井署が銃刀法違反の現行犯で、「DEATH NOTE(デスノート)」や「ヒカルの碁」の作画で知られる漫画家、小畑健容疑者(37)=東京都武蔵野市境=を逮捕していたことが7日、分かった。
 小畑容疑者は「キャンプに使うために持っていた。申し訳ないことをした」などと供述している。
 調べでは、小畑容疑者は6日午前0時30分ごろ、練馬区大泉町の路上で、乗用車内にアーミーナイフ(刃渡り約8・6センチ)を所持していた。パトロール中の同署員がライトが切れた乗用車を発見。運転していた小畑容疑者を職務質問し、キーのアクセサリーに小さなナイフが付いていたことから車内を調べたところ見つかった。
 デスノートは原作を別の作者が担当し、小畑容疑者は作画を担当。集英社の「週刊少年ジャンプ」に連載され、名前が記されると死ぬというノートをめぐる心理サスペンスで、映画化されるなど大ヒットした。
(産経新聞) - 9月8日11時54分更新





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長崎の江山楼。
絶品のちゃんぽん。長崎の人に言わせると毎日食べる『ちゃんぽん』とは違うらしい。観光客のボクにはサイコーの御当地料理だった。
出張で泊まりの2日間4度通って食べた。
『お取り寄せ』までして食べたくなるほかでは手に入らないちゃんぽん。
濃厚で(冷えるとゼラチン状に固まる)あらゆるうまみが凝縮したスープ。絡まる麺。なんかちっちゃい牡蠣なんか入ってたりなんかして・・・。あぁ思い出しただけでも・・・。

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KARTEL BOURGIE。
とてもいい照明器具。
存在感があり素材のワリにゴージャスに見えます。デザインされ具合も絶妙でクラシックなラインを持ちながらモダンで、と、かなりの融通性のあるデザインになってます。
お値段もお求め安い価格に(笑)
我が家でも使用。ホントは黒のが良かったんだけど透明のタイプに。
でもリビングは真っ白だから合ってるんですけどね・・・。

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実はブライアンセッツァーのことはスキだったのだ。
ロカビリーって他にはあまり聴かないけど実はストレイ・キャッツだけは聞いてましたってヒトは多いはずだ。
それぐらいかっこよかった。

Stray Cats - Rock This Town

ロックディスタウンのヘボい『PV』でどれくらいやつの魅力が伝わるか・・・と比較的自信がなくなったので、出色の出来のこいつでどうだ!↓
Stray Cats - Be bop a Lula (1982)

ブライアン・セッツァーは実はかわいい。そこがミソだ。
そしてワルなにおいがある。ここもミソだ。

The Stray Cats are a rockabilly band first formed in 1979 by guitarist/vocalist Brian Setzer (Bloodless Pharaohs/Brian Setzer Orchestra) with school friends Lee Rocker (born Leon Drucker) and Slim Jim Phantom (born James McDonnell) in the Long Island town of Massapequa, New York. The group, whose style was based upon the sounds of Sun Records artists from the 1950s and heavily influenced by Bill Haley & His Comets, had little initial success in the New York music scene, and had to move to England before they saw any success at all within the nascent rockabilly revival there. The group had several hit singles in the UK and the U.S. during the early 1980s.

そんなセッツァーもジジイになった。
もはやPVは見てられないがライブはいいぞ。音の迫力も申し分ないし、パフォーマンスは最高だ。
Brian Setzer Orchestra - In The Mood



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ヴァネッサ・ビークロフト

http://www.freunde-der-nationalgalerie.de/website/vbmainset.html

2005年10年の『メゾン・ルイ・ヴィトン』のインスタレーションで知る。
ハダカの女性をいけばなのように静物のように置く。
生命と時間と場所とでもいえばよいのでしょうか?
ルイ・ヴィトンのときはモデルさんはすべて美しかった。
ヴィトンのカバンとの対比が素晴らしかった。
また、ショップの空間(=棚)に収まる女性は示唆的だった。
コマーシャリズムのやってることを切り取った作品だと思った。

Vanessa Beecroft (Genoa, Italy, 1969) is an Italian contemporary artist living in New York.

Beecroft uses a unique, personal, artistic language. Her work is a complex fusion of conceptual issues and aesthetic concerns, focusing on large-scale performance art, usually involving live female models (often nude). At her performances, video recordings and photographs are made, to be exhibited as documentation of the performances, but also as separate works of art. The work and her conceptual approach is neither performance nor documentary, but something in between, and closer to Renaissance painting. She sets up a structure for the participants in her live events to create their own ephemeral composition[1]. The performances are existential encounters between models and audience, their shame and their expectations. Each performance is made for a specific location and often references the political, historical, or social associations of the place where it is held. Beecroft’s first exhibition was VB01, in Milan, 1993, in which she presented a series of drawings along with the past eight years of her Food Diary. The following year she exhibited in New York for her first time, at the Andrea Rosen Gallery in New York. Later in 1994, VB08 took place at P.S.1 in Long Island City, NY.

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夏の終わりに切ないソウルジャズ。
ドライヴのときとかもいいかも・・・。日中ね。昼のドライヴ用です。
1曲目"Expansions"はスタートにはいい感じです。夏のクラシック。

Lonnie Liston Smith, Jr. (born December 28, 1940 in Richmond, Virginia) is an American jazz, soul, and funk musician.
Smith started out playing acoustic jazz before exploring jazz fusion, soul, and funk.
Smith played acoustic piano with Pharoah Sanders, Rahsaan Roland Kirk, Betty Carter, and Gato Barbieri. He later joined Miles Davis as an electric keyboardist in the early 1970s.
In 1973 Smith founded the Cosmic Echoes band with his brother, singer Donald Smith.
His track, "Expansions", has been featured in two videogames: Grand Theft Auto: Vice City and Driver: Parallel Lines.


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おめでとうございます。
ついに時代が来ました。
今朝のニュースで表彰式のVTRみたんですけど、はしゃぎすぎてカップの蓋が落っこちてアタマ直撃しそうになって首をすくめてたシーンが大変かわいかったです。

Ceremony Sharapova US OPEN CHAMPION 2006

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今注目のパフォーマンススタイル『エアギター』
ロック好きなら中学生ぐらいのころに少なくとも一度は自分の部屋で鏡に向かってやったはず(笑)
去年の金剛地武志が『エアギター』と言うものをひろめたが、宴会芸的なものを見せたに過ぎなかった。それはネクタイを頭に巻くなどのスタイルで外国人にはわかりづらかったのではないか?
今年のダイノジは違う。ニュースでみて感動した。
その結果をHPから拾うと
http://www.airguitarworldchampionships.com/EN/home.html


お笑いコンビ「ダイノジ」のおおち(34)が現地時間8日、フィンランド・オウルで開催された第11回エアギター世界選手権で優勝し、日本人初の世界一に輝いた。2年連続世界4位だった金剛地武志(38)は5位に終わった。
 8月12、13日の日本大会を勝ち抜き、世界大会へと歩を進めたおおちは豪出身バンド、JETの「Are You Gonna Be My Girl」で熱演。海外さえ初体験だったおおちは、「やっちゃいました!世界一になっちゃいました!日本のデブはすごいと実証してきました。今はホテルの風呂場で1人でビールかけしてます!」と喜びを爆発させた。
 また、相方の大谷ノブヒコ(34)は「芸名をきょうから“エアギターのすごい奴の相方”に変えたい」と祝福のコメント。日本人世界王者の誕生が“エアギターブーム”を加速させそうだ。


YOU TUBE も朝覗いてみましたけど、まだ映像はアップされてないみたい。通しでみてみたいもんです。このひとも『動きの機敏なデブ』なんですが最近おおいよね?
で、興味を持った方は調べてください。
http://airguitar.jp/links/

 お笑いコンビ、ダイノジのおおち(34)が、8日(日本時間9日)にフィンランドで行われた第11回エアギター世界選手権で優勝した。アジア勢初の快挙で、おおちは「とうとうやりました! ワールドチャンピオンになりました。みんなにありがとう。本当うれしいっス」。まさかの偉業に、関係者からどよめきと笑いが起こっている。
 世界大会には13カ国の代表が参加し、おおちは予選を1位で通過していた。体形をさらに暑苦しくするトラ柄セーターで1分間の演技をこなし、会場から「折れるギターが見えた」とまで言わしめる迫力のステージを展開した。審査員からも「シンプルで伝統的なギタリング」が絶賛された。賞品として「フライング・フィンランド」と呼ばれるカスタム仕様の透明ギターと、クイーンのギタリスト、ブライアン・メイから特製アンプが贈られた。
 エアギターは、音楽に合わせて架空のギターをいかに華麗に“演奏”するかを競うパフォーマンス。おおちは知人の勧めでわずか1カ月前からエアギターを始め、8月にシャレで出場した日本予選を勝ち抜き日本代表になった。相方の大谷ノブヒコ(34)は「あの人、小さいころから褒められたり賞もらったりしたことないんで祝福してあげて」と喜んでいる。


金剛地は、テレビ出演で『ボクの夢は、世界中の子供たちにエアギターをプレゼントすること』と語り爆笑を獲った。
さて今年はどんな名言が出るか?!期待!

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ロキシーミュージック。私もトシをとってきてこんなオヤジいいかななんておもうようになってきた、『その人』ブライアン・フェリー。
ガキの頃はヤなおやじだと思っていた。エライ変わりようだな。

roxy music - street life

"Street Life" is the opening track on Roxy Music's November 1973 album Stranded, the first Roxy Music album without Brian Eno. It was released as a single in the UK and reached number 9 on the chart. All the previous singles from Roxy Music (Virginia Plain and Pyjamarama) had not been included on their albums, so this was the first Roxy Music single to be present on an album.

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スポーツブランドが“ブランド”として認知されだしたとき、各ブランドに先駆けていち早くナイキはイメージ展開した。

同じテーマ『フリースタイル』で人気のサッカーとバスケットで同時展開。
nike freestyle

バスケットボールのバージョン
Nike freestyle beat

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マライア・キャリーがファンタジーのネタにした名曲。トーキングヘッズを抜けよりポップな音楽性を目指したトムトムですが、私はここにヒップホップをみています。この時期にこの音!すばらしい!

PVの出来も良く当時のヒップホップの感覚が出てると思われますが?
Tom Tom Club - Genius Of Love

で、マライアキャリーが作るとこうなる
Mariah Carey - Fantasy

更にグランドマスターフラッシュがするとこうなる
Grandmaster Flash Furious 5 Melle Mel "Its Nasty"

Tom Tom Club is a New Wave band set up by Tina Weymouth and Chris Frantz, who were also members of the Talking Heads in 1981. Although originally established as a side project, The Tom Tom Club enjoyed early success with hits such as "Genius of Love" and "Wordy Rappinghood", which were taken from their self-titled first album which was released on Sire in the US and Island Records elsewhere in 1981.

ちなみにこのトムトムクラブの名前を頂いちゃったのが、米米クラブ(確か?)スタート時は※※クラブだったよね。チャートに入ったときみんなの目をひくように。違ってたっけ?



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ディミトリーの『ラウンジ』な音に相応しい『オシャレ』なフィルム。
オリビエ・クンゼルとフロランス・デガによる“K+D”による茶目っ気とお遊び。かっこいいです。

Dimitri From Paris - Sacre Francais

Dimitri From Paris - Une Very Stylish Fille

Le grand public, le reconnaît avec son album Sacrebleu sorti en juillet 1996 sous le label Yellow productions. 90% des ventes de cet album sont réalisées aux États-Unis, au Royaume-Uni et au Japon. Il sort en 1999 A Night at the Playboy Mansion avec l'accord du fondateur du magazine Playboy, Hugh Hefner. Cet album est une sorte de synthèse de la musique des années 1970-1980 (soul, hip hop et disco).

En 2000 sort Disco fever, suivi d'After the Playboy Mansion en 2002, qui sont deux albums disco-house. Cruising attitude sort en 2003 au Japon seulement. Il sert de générique au dessin animé Moon face. Triple CD de mix sorti sous le nom In the house sous le label britannique Defected.

Par ailleurs, il mixe souvent dans les soirées house des grandes discothèques du monde.


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身震いするほど『カッコイイ』CM。
迫力とスピード感と『鬼気迫る』そして『熱い』こんな映像見たことなかった・・・。
オールブラックスのウォークライはそれまで、ゲームの中継でみたことはあったが、このCMを見てから彼らを見る目が変わった。

Adidas - All Blacks Haka

ハカ(Haka)は、マオリの民族舞踊。本来はマオリの戦士が戦いの前に踊るものであり、手を叩き足を踏み鳴らして叫び、自らの力を誇示し、相手を威嚇する。現在では国賓を歓迎するために行われるほか、ラグビーニュージーランド代表チーム、オールブラックスやニュージーランドのプロラグビーリーグで試合前に行う。英語でウォークライ(War Cry)とも言う。マオリの伝説によると太陽神タマ=ヌイ=ト=ラには2人の妻、夏の女神のヒネ=ラウマティと冬の女神のヒネ=タクルアがいた。ヒネ=ラウマティの産んだ息子、タネ=ロレが踊りを作り出したとされている。伝承によるとオールブラックスのハカ、カマテは1810年にンガティトア部族のテ・ラウパラハ族長が踊ったものである。テ・ラウパラハは敵に追われて、地下の食料庫に逃げ込み隠れていた。這い出してみると目の前に人がおり、殺されると観念したが、幸運なことにテ・ラウパラハと親しい部族の長であった。救出された喜びと感謝の気持ちを込めて踊ったものがカマテである。1905年のイギリス遠征の際にオールブラックスが戦いの踊りの要素を取り入れたものを初めて踊り、以後代表チームに受け継がれることとなる。

実際こういうもんです。

maori war chant

訳すと、
これは死だ。これは死だ。これは生だ。これは生だ。この男が私を助けてくれた。一歩、一歩太陽に近づく。

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本当におめでたい。ボクは日本人なんだなぁと噛み締めたニュース。そう感じたヒトは多いはず。自分の奥さんでもないのに気をもんでみた。男の子と聞いてなんか肩の荷が下りたような感覚(笑)。まずはめでたい。心から祝福してます。あ~これで日本も安心だ。なんて思ってるヒトも少なくなかろう(笑)なんて。

で、心配事。ひとつは皇室典範の問題。これは30年ぐらいまた先送りになるのでしょう?日本的なパターンだと・・・。これがよくないと思います。今はやるやるっていってるけどあやし――と思ってる。

もうひとつは皇太子妃のほう。健康上の問題もあるかと思うけど、そのあたりの問題はこれがかいけつするかな?と言う期待とその逆。気楽になれるか、逆に風当たりが強くなるか?ということ。こればっかりは今はわからないですよね。気の毒ですがそれも含めて皇室入りだと思うんですよね。全力で守ると言った皇太子もがんばってください。

皇室に対しては私のスタンスは『日本のファミリーの代表(象徴)』と言ったところなので、喧嘩して仲たがいしてるとか離婚さえなければ、私たち庶民の心も穏やかになれると思ってます。

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ああ、忘れるトコだった。今日はアナタの誕生日。生きていれば・・・。
でも今年はフレディーの声をよく聴く夏だったなぁ。

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今年6歳の子供がハマった。“ROCK YOU”と“DON'T STOP ME NOW"に死ぬほどハマっていた。いや死ぬ思いだったのはワタクシタチ親だ。車の中で延々蚊けるわ。むちゃくちゃな英語で唄うわ・・・。

Freddie Mercury - I Was Born To Love You

あとコレ付け足してみました。
空耳アワー 『がんばれタブチ』

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アンナピアッジ。マノロ・ブラニク曰く『この世界で現存するただ一人の本物のオーソリティー』こうした賛辞も、このヒトのメイクやファッションに対してではなく、今までに築き上げてきた信頼によるもの。信頼=ブランドであるのならばこのヒトは生きたブランドであるし、このヒトの言葉はコレクションに匹敵する。

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Anna Piaggi is an Italian clothing fashions writer and style icon.

Anna Piaggi has written for fashion magazines such as the Italian edition of Vogue and, in the 1980s, the avant-garde magazine Vanity. She is known especially for her "D.P." (Doppie Pagina or double page) spreads in the Italian Vogue, where her artistic flair has been given free expression in a montage of images and text, with layout by Luca Stoppini. Since 1969, she has used a bright red manual Olivetti typewriter for her work.

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September5.2006
今日は日記。

父がタイへと旅たった。まったくこっちは気が気ではない。無事帰ってこれるのか心配だ。

仕事はいま『考える』のが山盛り。純粋にデザインをするのも楽しいけど、考える仕事はこの後のデザインもついてくる。面白いこと考えないと『カタチ』にspiritが入らない。特に今回のような大きな会社の大きな物件は。ひとつは大阪、ひとつは広島、もひとつが函館。

まずは企画が通らないとオカネもらえる段階にいけないので、まず必死です。ポテトチップスコンソメ味をつまみつまみ考えてます(笑)

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夏の定番的にチョコチョコ聴く一枚。
今聴くなら、オリジナルよりこちらの“BEP”がVoclにはいったもの。基本的には音はBOSAでいけます。
Mas Que Nada - Sergio Mendes and The Black Eyed Peas

1962年にヴォサ・リオ・セクステットを結成。1965年には、アメリカに活動の場を移し、ジョビンやジルベルトとともに世界的なボサノヴァ・ブームの推進役を務める。1966年に発表した「Sergio Mendes & Brasil '66」とその中に収められた「Mas Que Nada(マシュ・ケ・ナダ)」の世界的大ヒットで日本を含む世界中にその名を轟かす。

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はじめてみたときはブロンドのロンゲにピアス、カットオフしたジーンズって感じだったけど。いつの間にかスキンヘッド。初めてウインブルドンに出るときはアガシが白のウエアで出るのか?と話題にもなった。当時ワタクシも大学に入るトシで、アガシとは1コ違い。ブルックシールズと結婚してさっさと離婚して、グラフと結婚。なんだか随分現役がんばってましたね。尊敬します。本当に。感慨深いものがあります。

 [ニューヨーク 3日 ロイター] テニスの全米オープン男子シングルス3回戦は3日、今大会限りでの引退を表明していたアンドレ・アガシ(米国)が予選会から勝ち上がったベンヤミン・ベッカー(ドイツ)に敗れ、21年にわたる現役生活に終止符を打った。 
 アガシは、4大大会で8度の優勝を含むキャリア通算60タイトルを獲得。1999年には生涯グランドスラム(4大大会全制覇)を達成するなど、数々の功績を打ち立ててきた。
 試合後、満員のスタンドからはアガシを称えるスタンディングオベーションが湧き上がった。感極まったアガシは涙ぐみながら、お決まりのキスとおじぎで声援に応え、惜しまれつつコートを後にした。


“世界一のリターナー”も終焉を迎えた。キャリア・グランドスラムを達成し4大大会で異なる3種類のサーフェスをすべて制したのは、アガシとジミー・コナーズだけ。(昔は芝かクレーしかなかったから)。さようなら。ありがとう。それはそうとイラン系なんだね。

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特にこの人たちについては、どうとも思わなかった。というか無視していた。アイドルタレントに齧り付くトシでもないと思っていた。
でも、ビヨンセがソロになってちょっと気にするようになった。で、ライブアクトをチェックした。今までほったらかしにした不明を恥じた。

Destiny's Child-Survivor (Live)

やはりビヨンセの成長なのか?なにか才能が花を咲かせたようなまぶしさを感じます。なんだか最近惚れちゃってます。新譜期待。

Lead singer Beyoncé was inspired to write the lyrics for "Survivor" after hearing a radio DJ tease about the fact that three members have left Destiny's Child, much like getting voted off the Survivor reality show. The video is consequently styled to seem like three survivors living on an uninhabited island. The song has proved to be the signature song of Destiny's Child for its powerful message, along with "Say My Name" and "Independent Women Part I".


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