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人気のコミックは後から後から色んなのが出るなぁ・・・。
随分昔のマンガですが、いまだに・・・。なんと息のナガイこと。結構なことです。
実写でやるならアッシュはリバー・フェニックスってコミックスの後ろに作者も書いてたけど、そんな感じのネタのファンクラブサイトも今だ健在。
スゴすぎ・・・。
それぐらい愛されるキャラクターが出来上がってしまったということか・・・。死んでしまったアッシュはあれ以来は回想されただけだけど、シンスウリンは『YASHA』にも出てきてるし、思い入れもあるんでしょうね。

それにしても、前編通じてアッシュの話だけど、主題は常に変化していて、その辺が飽きなかったミソかと。

①『無垢』に対する憧憬と嫌悪
②『もつ者』に対する『もたざる者』の羨望と嫉妬。その逆での侮蔑と無意識
③『支配』と『被支配』にある憎悪と復讐。隷属化への反抗
④『他者』に対する理解と対応。理性と本能。

この『BANANAFISH』の前には『吉祥天女』があって、アッシュと叶小夜子の間には通じるものがあるんですが、また『BANANAFISH』のあと一作置いて『YASHA』のセイにも通じるものがあるんですよね。
面白いです。




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こないだまでの総裁選で異常な?盛り上がりを見せていたこの人!
麻生太郎!

■保守系で愛国者。英米・台湾好き。中国・南北朝鮮嫌い。中国や韓国から激しく敵視されているが、彼のほうでも嫌っている
■朝日新聞など反日サヨク系のマスコミを目の敵に。創価学会に敵対的で、野中広務を毛嫌いし、貧民部落出身と攻撃
■地元での絶大な経済力・権力・華麗な家系ゆえ、部落やチョンも手を出せない
■生まれはいいのに炭鉱町で育ちが悪いのか、べらんめえ調で口が悪い
■明治維新の元勲・内務卿、大久保利通の玄孫。吉田茂総理の孫。妻は鈴木善幸総理の娘で、実妹は皇族(三笠宮寛仁親王妃)
■曽祖父(母方の母方)は岩倉遣欧使節団の一員で外務・宮内大臣・枢密顧問官などを歴任した牧野伸顕(伯爵)
■筑豊の炭坑王と呼ばれた曾祖父(父方)・太吉が築いた麻生財閥(グループ企業80社)の元当主(現当主は弟・泰)
■会社は日本統治時代に朝鮮人を酷使し、敵対されているが、全く気にしていない
■敬虔なクリスチャン(洗礼名「フランシスコ」)ながら、毎年必ず靖国参拝(祖父吉田茂と小学生の頃から)
■学習院大卒で、スタンフォード大学大学院・ロンドン大学大学院にも留学。英語はペラペラ
■スタンフォード卒業直前に吉田茂の命令でアメリカ英語矯正のためロンドン大大学院に無理やり転校させられる
■クレー射撃の元オリンピック(モントリオール)代表選手、第21回メキシコ国際射撃大会では個人優勝
■社命で西アフリカ・シエラレオネにダイヤモンド鉱山開発で2年間滞在するも内戦・革命が勃発し退却
■陸上自衛隊・習志野第一空挺団に体験入隊、パラシュート降下演習を何度か経験したことも
■総務大臣時代にリビアのセイフ・アルイスラム・カダフィ氏に地方自治のノウハウを指導。ある意味カダフィの息子の師匠
■漫画歴60年?雑誌は週20冊。もちろん普通の本も大量に読み、もの凄い知識量である。頭はいいし、話題が豊富
■好きだと伝えられた漫画だけでもこち亀、ジパング、ゴルゴ13、インパクトを始め多数
■それに加えて三国志にジョジョやバキ、犬夜叉、勇午、島耕作、Dreams、大使閣下の料理人、その他あらゆるジャンルの漫画を読む
■総務大臣室にはTV番組から贈られたゴルゴの「俺の背後に立つな」ポスターと、回転するフィギュアが置いてあった
■↑同TV番組の出演3回目にて、同ポスターを総務大臣室にずっと飾っておいて色褪せたので新しいのを要望する
■羽田空港JAL・ダイヤモンドプレミアムラウンジでローゼンメイデン(美少女オタ系漫画)の1巻を読んでいるのを2ちゃんねらに目撃される
■デジタルハリウッド大学での講演で↑の件を「空港の待合場所で某マニアックな漫画を読んでいたことも有名」と紹介される
■オタク専門誌「メカビ」創刊号のインタビューで↑の件をやんわりと肯定したあげくローゼンメイデン1巻を手にした写真を掲載される
■名誉顧問を務めていた地元での「あしや人形感謝祭」にて原作者から大臣の名前が入った色紙を貰った可能性が極めて濃厚
■TV番組「たかじんのそこまで言って委員会」にて『愛読書・美少女マンガ「ローゼンメイデン」』とテロップ入りで紹介される
■第6回ベストドレッサー賞受賞('77)。anan特集に出たことも('84、通号445号『男はすこしワルがいい』)。ちょいワルオヤジの実践的先駆者
■大富豪のビルゲイツを呼んで、国会の安いカレーライスをおごった上でTRONとの和解を取り持つ
■国会で「ネットで問題の掲示板が…」との質疑に対し、「それって2ちゃんねるのこと?」と聞き返す
■後援会集会では、夫婦揃ってヅラにド派手衣装でマツケンサンバを歌い踊る
■ASEAN地域フォーラムの夕食会ではハンフリー・ボガートに扮しウルトラマンやバルタン星人と寸劇を共演する

いや~便利なサイトも出ていて、盛り上がってますなぁ~。
麻生太郎外務大臣(゜⊿゜)まとめサイト/

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ジェネラルリサーチ小林節正とm&co.traveling booksellers松浦弥太郎によって作られる。
ちゃんとした、きちんとした本屋さんだ。

『牛はしゃべんないけど、ちゃんとまわりを見てるってのがいい。社会をチェックしてる感じが。あと、ゆっくりしたスピード感』

『最高の本屋であることについては一歩も引かないけれど、本を売っているだけじゃなくって、やっぱり自分たちの思っていることや、もっている情報や感性を伝えていくこと。それが来てくれる人とのコミュニケーションに役立てばいいなァと思う』

『平和のコンセンサスや、知りたいことがいつでも知られる街のたまり場。そこに行けば、誰もが元気が出るような本屋。サンフランシスコのシティーライツみたいな。』

CASA BRUTUS NO.26 2002

http://www.cowbooks.jp/newtop.html

改めてこうしたコンセプトの価値を再発見。
あくせく開発を進めるディベロッパーと一緒になって『がつがつ』と意地汚く仕事をしているとこういったことをすっかり忘れてしまいます。
時々でいいから思い出さなくては・・・。

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わが家には金魚がいる。
この夏の夜店で息子に掬われてやってきた。
昔懐かしい金魚鉢で飼っている。

わが家の・・・いや、ワタシの癒しである。
名前は『金さん』5匹いるのだがそれぞれ『金さん』だ。
『大きい金さん』とか『黒い金さん』と言い換えて呼んでいる。

ちなみに遠山金四郎は無関係だし、『キムさん』ではまったくない。



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タツノコプロの発明。

『ブタもおだてりゃ木に登る』・・・伝説のフレーズ。

「ブタもおだてりゃ木に登る」は福島県会津地方では普通に使われている言い回しだそうだ。

お約束の『ジングル』をアニメで使った画期的なスタイル。


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世界を感じた2日間。
何かしようというキモチだけで何でもできることを示した。
これを生で見ることが出来たのは幸運だった。
で、今見ると当時の見え方と随分違って見えるもんだ。

そして、其の影でドタバタ劇があったことが今さらながら知ることとなった。いろいろ拾い上げてみると・・・・

●当日、来賓として招かれたチャールズ皇太子と(当時)ダイアナ妃を迎え入れる際、ライヴエイドの発起人である、ボブ・ゲルドフも、この2人と一緒に入場。人権問題に大変な関心を寄せていたダイアナ妃の意向で、この2人の出席が実現。ちなみにボブが必死にアフリカへの食糧支援を訴えていたが全く聞く耳を持たなかった当時の英国首相サッチャーは招かれなかった。Wikipedia

そうか当時は『鉄の女』の時代だったな。こうやって見るとダイアナ妃ってのはチャールズをひっぱってたのね。

●コンサート当日、ロンドンはウェンブリー・スタジアムに約8万人の観衆が詰め掛け、その周りにも入れなかった人々が集まっていたという。ちなみにチケットはアリーナ席が25ポンド(当時で約8250円)で、一般売りされたのはこの立見席だけだったが、発売後5分間でソールドアウトとなった。他にはロイヤルシート、豪華ディナーがついて250ポンド(約82500円)までの5段階に分かれており、100ポンド以上の席には他のアーティストの演奏を見ようと多くのアーティスト、著名人が数多く見うけられた。Summer Dream of Live Aid

そりゃそうやね。自分が出てるとき以外は暇だし。お呼ばれになってない人らも、まとめてヒトのステージチェックできるもんな・・・。

●ボブ・ディランやジョージ・ハリスンらが参加したバングラデシュ・コンサート、ウイングスやエルビス・コステロ、プリテンダーズらが参加したカンボジア救援コンサートなど、後のライヴ・レコードの権利で揉めたり、金の使途が不明になったり、あるいは救援物資が軍部で止まったり、最悪の場合義援金が軍用武器に使われたりということまであったため徹底した運営体制を取った。Summer Dream of Live Aid

●客席から客を引っ張り出す事は取り決めで禁止されていたのに、U2のボノが2曲目、『バッド』の間奏中に客席から女性客を引っ張り出し、その女性とダンスを踊り出し、その後、テレビクルーの女性スタッフとも踊るという珍事を起こした。Wikipedia

そんなルールも知らんかったし・・・。

U2 のライヴアクト

●新聞でもこの計画発表の記者会見翌日の6月11日からは毎日紙上にライブ・エイド関連の記事が必ず掲載された。「ビートルズ再編か?」という記事が踊ったのもこの頃で、ジョンの替わりにジュリアンが入るなどと噂があった。が結局ポール・マッカートニーのソロ。Summer Dream of Live Aid


●ポール・マッカートニーは『レット・イット・ビー』をピアノで披露。曲の最後の方ではボブ・ゲルドフ、アリソン・モイエ、デヴィッド・ボウイ、そしてザ・フーのギタリストである、ピート・タウンゼントが飛び入りでコーラスを努め、会場を大いに沸かせた。Wikipedia

流石にこういうのが嬉しいですよね~♡

Paul McCartney - Let It Be (live aid '1985)

●クイーンのステージは絶賛を受けベストギグに選ばれた。

フレディーのホントに嬉しそうなライブアクトを見ているとこちらまで嬉しくなるよ。そして本当に元気にステージを走り回っているのを見ると切なくなるね。みんなクイーンのことフレディーのこと好きなんだなぁなんて『じ~ん』とくるよ

Queen Voted Best Gig-Live Aid

クイーンのステージ

●マドンナはベット・ミドラーの嫌みのある紹介にも関わらず、熱意あるパフォーマンスで聴衆を魅了。しかしバックステージではスーパースターを気取り、他の出演者から大ひんしゅくを買っていた事が後日判明。ベッド・ミドラーは、このマドンナの態度を見て、あの様な紹介をしたと関係者に証言。Wikipedia

Bette Midler introducing Madonna Live Aid 1985

●クロスビー・スティルス&ナッシュは『ティーチ・ユア・チルドレン』で素晴らしいハーモニーを披露したが評判は乏しく、「犬にしか楽しめない悲痛のハーモニー」と後日、批判された。Wikipedia

ひどい言われようだけど、実際テレビ見ててじじいの番にはトイレタイムかチャンネルかえるかだったもんなぁ~。

●フィル・コリンズは『夜の囁き』をピアノだけで披露。この後、突然フィルがレッド・ツェッペリンのメンバーであるロバート・プラント、ジミー・ペイジ、ジョン・ポール・ジョーンズをステージへ呼び込み、『ロックン・ロール』、『胸いっぱいの愛を』、『天国への階段』、を演奏した。ドラムはフィル自身とトニー・トンプソン(シック。ライヴエイドではパワー・ステーションのドラマーとして出演)のダブル・ドラムで行なわれた。この奇跡が実現したのはフィル自身がレッド・ツェッペリンと共演したいが為に、このライヴエイドを利用したと後日語った。) Wikipedia

live aid phil collins heathrow airport july 13 1985

Phil Collins "Against All Odds" (live) Live Aid 1985

Stairway to Heaven Live At Live Aid 1985 Led Zeppelin

●ロン・ウッド、キース・リチャーズ、ボブ・ディランは3名での共演。ディランの代表曲である『風に吹かれて』をトリで披露。しかしモニタースピーカーを取り払われたり、幕の後ろでは大トリの『ウィ・アー・ザ・ワールド』を他の出演者が練習し出したり、演奏中にギターの弦が切れて、急遽、ロン・ウッドとギターを交換したり、という3重のハプニングに見舞われた上にディラン自身も音程を外してしまった。ディランは、このライヴに全く納得しておらず、同時にメディアからも自身の出演パートを『みすぼらしい』等と酷評される始末であった。ちなみに大トリの『ウィ・アー・ザ・ワールド』にソロパートを持っているにも関わらず、かなり後ろの方で黙ってギターを弾いていて全く歌っていない。なお、同じく出演していたエリック・クラプトンは後に「あんなことをしてディランの邪魔をするくらいなら、ソロで『戦争の親玉』でも歌わせればよかったのだ。」とロン、キースを批判している。Wikipedia

ガゾーを見ればわかるけどせせこましい状況なんだよね。気の毒だけどね。

Bob Dylan, Keith Richards & Ron Wood - Blowin' in the Wind

●『ウィ・アー・ザ・ワールド』でライヴエイドのフィナーレを飾った。ハリー・ベラフォンテのパートまでは和やかだったが、シーナ・イーストンのパートのところでジョーン・バエズがマイクに割り込んできたのをきっかけに見苦しいマイクの争奪戦となったところで日本中継は打ち切られてしまった。イベントの趣旨とかけ離れた出演者たちのこの挙動に不快感を感じた声は少なからず上がった。「マイクの奪い合い」に見えた点は各人がコーラスをマイクに乗せようとする気持ちが勝ちすぎたものと思われる。しかしながらリードシンガーのマイクを握って自分の方に向けようとするのはいかんせんやりすぎであった。また、パティ・ラベルの声量が大き過ぎた点に関してはリフレインのユニゾンコーラスのところでパティがオブリガードを乗せる役割を与えられたようであり、そのことに関して彼女自身の落ち度はない。声量が大き過ぎた点に関してはPA担当のミキシングの不手際であると思われる。Wikipedia

結構がんばってガゾー探したけどないね。インボーだね。
まぁホントにむちゃくちゃで、ウェンブリーを見た後だから余計にそのバラバラさに呆れたもんだよ。

●ジョーン・バエズ(ライヴエイド・アメリカ会場のトップバッター。'60年代のフォークコンサートのノリでアカペラで聴衆に『アメイジング・グレイス』を歌わせようとするもあまりに場違いで孤立してしまう。窮余の一策で途中から『ウィ・アー・ザ・ワールド』を歌い出したが、会場を盛り上げるにはいたらず、そのまま退場。したがってDVDではバエズ自身が『アメイジング・グレイス』をフルコーラス歌い、軽く会場が盛り上がった所で映像が切られている。前述のボブ・ディランと共に「フォーク時代の化石」とメディアの非難を浴びた。)Wikipedia

基本的にライブエイドでは、ウッドストックの頃からの連中には厳しかった。もうそんな時代でもなかったのにね、がんばっちゃてたから・・・。うぜえよ・・・。って感じ?

●ボブは「ライブエイドの目的は金を集めることにある」と明言しています。それを象徴する逸話もあります。ライブエイドは英米の超大物たちが顔をそろえましたが、黒人の出演者が少ないという難点がありました。プリンスやマイケルジャクソンすら出ていなかったのです。これは黒人軽視ではないか、という問いかけに対し、ボブはライブエイドの目的は「出演者はどれだけ多くの人を集められるかという観点で選んだ。スティールパルスとワム!のどちらかを選べといわれたら、迷わずワム!を選ぶ」と答えています。「より多くの人を呼べれば、より多くの金が集められ、アフリカで生きられる人の数が増える」という現実的な理由からです。
ロックは世界を救えたか?


理由はどうあれ、すばらしいライブだったと思います。
感動的でした。
ただそれだけで、ボブゲルドフがノーベル賞候補になってしまうのもどうかと思いますけどね・・・。

ウェンブリースタジアムのフィナーレDo they know it's christmas Live aid 1985 london

●邦楽ファンの取り込みも狙ってか海外からの中継を中断してフジテレビが独自にスタジオで収録した邦楽アーティストのパフォーマンスを流した。もちろんその時は洋楽ファンから「貴重なコンサートをぶったぎって日本のアーティストなんか見せるな!」と抗議が殺到した。Wikipedia

あ――それ、オレオレ(笑)
電話したわけじゃないけどね。そんな感じでぶーぶー言ってたよ。

●ライヴ・エイド15時間放映にたいする日本側(ことにTV局側)の対応のわるさというか、ひどさについては、既に言い尽されている。だから、このことにはあまり触れたくないのだが、かといってそこを回避していたのでは話が始まらない。

なによりあきれたのは、ロンドンとフィラデルフィアでリアルタイム(実際には1時間の時差があったそうだが)に進行している二つのコンサートが織りなす対位法的な時間の流れを無視して、深夜のワイド番組そのままのこまぎれ構成をやってのけた演出の無神経さである。それが見ている人間をいらだたせたかは、放映開始と同時に殺到した抗議の電話の数にも出ている。

フジTVは先にも東京国際映画祭のレセプション・パーティでも、同じ過ちを犯しており、国際的な規模のプロジェクトに、これで二度もたてつづけにミソをつけた勘定である。

だいたいこの手のライヴ・プロジェクトの司会進行に複数のキャスターを置くこと自体、いかにも日本的なやり方である。かてて加えて、入れかわり立ちかわりゲストがあらわれる、ゴチャゴチャしゃべりあう、ときているのだからたまらない。通信衛星を14も使っての多元中継という、ただでさえ流れにのりにくい番組の進行が、おかげでズタズタになってしまった。視聴者が見たいのは、プロジェクトに参加したミュージシャンたちのライヴ・ステージであって、説明や能書きではないということ。そんなことが分からないマスコミ体質の無神経さに、腹をたてなかった視聴者はいなかったはずだ。

おかげで、わざわざスタジオまで出向いてきて間接的な参加を表明した日本側アーティストたちは、大いに割をくった。ただでさえコンサートの盛り上がりを共有しえていないひけめを、ウダウダしたしゃべりで糊塗しているような印象を視聴者に与える結果につながったからである。(以後略)
「FMfan」誌の相倉久人氏の記事
テキスト起こしはSummer Dream of Live Aid


まぁテレビで見ててグダグダになってたのはよくわかった。
同時通訳のヒトも追いつけないから何言ってるのかわからん日本語だったし、やたらと『ハロー!』を『こんにちわ!』と訳してたし。
わかるわそんなもん!
なんも手を加えず、そのまま流したほうがよかったのにね。
逸見アナも当時人気あったけど、洋楽オンチっつーかぜんぜん知らんかったし、そんなおっさんに司会させたらアカンわな・・・。

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すぐれたロゴだと思うし、随分息が長いが9.11で更に進化版が生まれた。ロゴがこうしたカタチで成長するのって珍しくない?

新しいロゴはハートの部分が焦げている。♡全体をマンハッタンに見立てて、ダウンタウンの西側事件の起きた場所を表している。
オリジナルは市政府のために作られたが、今回の葉ハートにこげがある点についてナーバスになって採用されていない。逆にオリジナルへの侵害とまで言った。

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Milton Glaser (born June 26, 1929) is a graphic designer, best known for his "Bob Dylan" poster, the I Love New York logo, and the "DC bullet" logo used by DC Comics from 1977 to 2005. He also founded New York Magazine with Clay Felker in 1968.

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丹波哲郎については塩野七生がちょっとエッセイに書いていた。亡くなった其の日には特に取り上げることもなかったのに、なんで今日わざわざ上げるかというと『産経新聞』の産経抄で其のことを取り上げていたからだ。まったく記者と言うものはそういった繋がりをよく覚えているものだと感心した。

抜粋すると・・・

 作家の塩野七生さんもまた、そうした豪放磊落(らいらく)のイメージでとらえてきたが、ある対談での丹波さんの発言を読んで、評価を百八十度変えたという(『男たちへ』)。丹波さんは「演出家で嫌いなタイプは、弱い者いじめをするやつと、必要もないのに動物を殺すやつ」と述べていた。

 自らも出演した『豚と軍艦』を名作と認めながらも、撮影のために子犬を殺した監督の行為は許せないというのだ。塩野さんは、丹波さんがなにごとも自分の頭で考え、それにもとづいて判断を下しているからこそ、あしき芸術至上主義に対して、健全な批判ができたという。

 言い換えれば、姿勢(スタイル)を持つということだ。


こんな感じだったのだが、まあ新聞はこのことに引っ掛けてほかの事を言いたかったらしく、丹波のエピソードとしてはここを抜き出しているが、ホントに『うっ』ときたのは、うろおぼえなんだけど丹波哲郎に対してインタヴュアーが『やりたくない役は?』みたいなことを訊いて、答えた丹波は『役者は欲張りで、何にだってなりたいと思っている』なりたいと思えば何にだってなれるのにこんな幸せなことってないだろう的なことを返したわけだ。

塩野は丹波をスタイルのある男とも言ったが『頭のよい男』というエッセイで語った。うろ覚えなんだけどそんな感じ。それを読んで丹波ってすごいなぁと思ったし、そういう風に男をあげてやれる塩野って女はもっとすごいなぁと、『頭のよい女』だなぁと思った。男を立てておけば自分は放って置いても女が上がるとは恐れ入ったわけだ。

そして、告別式前のエピソードが出てきたが、これが2流役者の哀しいセリフで、ここで決められない2流ぶりが発揮された。

 24日に肺炎のため84歳で死去した俳優丹波哲郎さん(たんば・てつろう、本名・丹波正三郎)が、ドラマ「Gメン75」で愛用した黒い帽子とともに旅立つことが26日、分かった。この日、00年に復活した「Gメン75スペシャル」で共演した俳優京本政樹(47)が東映・大泉撮影所の小道具倉庫に保管されていた帽子を受け取った。
 京本は「弔問したときに、何かが足りないと。ボスはドラマではGメンにとても思い入れが深かった。形がとても好きだったようで、ずっと使い続けてきたんですよ」。丹波さんは大の帽子好きで、プライベートで購入するときもつばの立ち方など細かい部分にもこだわった。特に「Gメン」の帽子はお気に入りで、それ以外のドラマでも「あの帽子がいい」と、東映の小道具に借りに行ったほどだ。箱には、いつ丹波さんの注文が来ても渡せるように「G men BOSS(ボス)」と書かれていた。
 Gメンが83年に終了し00年に復活するときも、丹波さんは「同じ帽子」を指定した。倉庫にきっちり保管されており、二十数年にわたり愛用し続けた品だ。京本は告別式に同帽子を持って駆け付け、棺(ひつぎ)に入れるという。京本は「一緒に逝ってしまうと考えると寂しいですが、ボスにはいつでも身に着けていてほしいですから」。
 葬儀では「Gメン」のオープニングテーマ曲を流すことが検討されており、長年演じた「黒木警視正」のスタイルで自分が研究し続けた霊界へと旅立つ。

(日刊スポーツ) - 9月27日10時1分更新

ひとことだけでいいのになぁ~。
惜しかったね・・・京本・・・。

在りし日の丹波の存在感。シブ~。

Gmen'75 opening theme


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プラダは悪魔が似合う。
いや・・・?悪魔的な性格に見えてくる・・・かな?
シャープなラインとかボリュームを押さえたところとか、妙にストイックで厳格で装飾をそぎ落とした神経質さとかは悪魔的だと思う。
そこでこれだ!

『The Devil wears Prada』・・・プラダを着た悪魔

大学を卒業し、ジャーナリストをめざしてNYにやってきたアンディ。オシャレに興味のない彼女が、世界中の女性たちが死ぬほど憧れる仕事を手にしてしまった!それは一流ファッション誌"RUNWAY"のカリスマ編集長ミランダ・プリーストリーのアシスタント。しかし、それは今まで何人もの犠牲者を出してきた恐怖のポストだった!ミランダの要求は、悪魔的にハイレベル。朝から晩まで鳴り続けるケイタイと横暴な命令の数々、その上"センス、ゼロ!!"と酷評され、アンディはこの業界が努力とやる気だけでは闘えないことを思い知らされる。キャリアのためとはいえ、私生活はめちゃめちゃ。カレの誕生日は祝えないし、友達にも愛想をつかされる。この会社で、このままでいいの?私って、本当は何をしたいんだっけ?働く女性なら誰でも共感してしまう等身大の悩みを、華やかなファッション業界を舞台にゴージャス&ユーモラスに描いた今年最高のビタミン・ムービー


だそうだが、いかがなものか?
私はメリル・ストリープはプラダ的な人物像ではないと思う。
しかも悪魔と呼ばれるほど『美しい』体つきではないように思う。プラダの靴が足に合わないのは、プラダ的でない証拠では?なんて・・・。
神経質で完璧主義者でって感じは出すんでしょうが、それを象徴する『細さ』に欠けると・・・。

映画を観てないからまだわからないんですが、その辺を揶揄したものであればそういうキャスティングもありでしょうがね。

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このヒトの容貌は悪くない。と思っている。
現段階までの主張も悪くないと思っている。
『美しい日本』がデザインできるなら是非デザインして欲しい。

26日午後の衆参両院本会議の首相指名選挙で第90代首相に選出された安倍晋三新首相は、公明党の神崎武法代表との与党党首会談を経て閣僚人事を決めた。同夕の皇居での任命式などの後、安倍新内閣が正式に発足し、同夜、初閣議を開く。

でも、『次男』なのになんで『晋三』なんだ?

ほんでなぁ・・・NTT火薬とか言っちゃうヒトなんだよなぁ・・・。TNTなんだけどなぁ・・・。2002年の発言・・・「小型であれば原子爆弾の保有も問題ない」と発言に対して国会で答弁した際。

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早大ラグビー蹴球部での5年間の改革の集大成とも言えるものを、氏のビジネス経験に照らし合わせての10のコーチング哲学に分類し、解説したもの・・・・と、書いてあるが・・・・。
確かにコーチング哲学なんですが、ラグビー経験談としては明瞭に書かれており、なるほどわかるんだがそれがビジネスにどう生かされるかという点では分かりにくいんだけどなぁ。『~はビジネスでも同じ事が言えるのではないか。』といわれても、いえると思うけど・・・みたいな、消化不良が残る。

① コーチングの出発点は「なぜ」
② 「場」の活用法
③ 目的の明確化
④ セオリーと個性のバランス
⑤ コンバートの重要性
⑥ モチベーションの高め方
⑦ 目標の数値化
⑧ キャプテンシーの活かし方
⑨ 朝令暮改のすすめ
⑩ 優先順位と次へのステップ


実際のところ『やる気のない』部下ってのもいるわけですよ。それに『体育会系のノリが嫌い』っていうひとたちも。体育会系の陥りやすい罠としては、『みんな売上を上げたいはずだ!』とか『どうにかしてお客さんをつかみたいはずだ』と、部下もそのころの自分と同じに考えるところで、会社についてスポーツの『チーム』のように目的集団としてのポジティヴなイメージをもってしまうところだと自分でも分析しているんですがね。(私も体育会系だ)

あと、コーチ(・・・会社では管理職とする)の横の繋がりも大変でね・・・。自分の考え方に同調してくれるヒトばかりでもないんだよね。特にわが社はメーカーさんではなくってね設計事務所なんでね・・・。数値で判断できないところがたっぷりあるのよ・・・OTL・・・。

スポーツ好きとしては、あのときってそうだったんだ~的な面白い逸話があって好感が持てる一冊。合宿での事件やチームの様子が実名で写真つきで紹介してあって面白いんですがね。ビジネス書ではないですよ。


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カップヌードルって外国の食べ物だと思っていた。
小学生のころのことだけど。

デザインといい、フォークで食べるスタイルといい、そもそもカップの形は東洋の思想ではなかった。

スキーに行く道中、パーキングやドライブインで食べる定番といえば『カレーヌードル』か『カップヌードル』か意表をついて自販機で出るハンバーガー(笑)。

hungry?1

hungry?2

続編はたっぷりあるけどこの辺で。

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昔欲しくて、つけるチャンスを逃したモノ。
さすがに、今つける機会もない。
若さのアクセサリー。

でもほしいな。いまさら・・・。


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あ~なつかしい。
ホントにデュラン・デュランかっこよかったにゃぁ~。
生まれ変われるもんなら是非ジョン・テイラーのようなお顔を乗っけて欲しいもんだと神様にお祈りしました。
CMでもジョンの顔がアップだもんな~。
たいしたベーシストでもないのに・・・ちくしょ―――――!!!

Duran Duran - Japanese Funny CM (Suntory Whiskey Q)

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大ウケ中みたいだ。
CMはおもしろかったけどなぁ・・・・。
なんか、ユニットまでテレビに露出しだすとCMのシュールな感じが薄れて気分をそがれるんだなぁ・・・。

Kewpie Pasta Souce tarako CM 1

Kewpie Pasta Souce tarako CM 2

これがCMなんですけどね。
受けたら何でも儲けたれというか、盛り上がってますからCDデビューさせちゃいましょう!みたいなカンジでやんなっちゃう。

 「た~らこ~、た~らこ~、た~っぷり、た~らこ~♪」ですっかりお茶の間の話題をさらった「キューピー あえるパスタソース たらこ」CM公式ソング「たらこ・たらこ・たらこ」のビデオクリップが、GyaOの「Clip ring」に登場した。

 問合せが殺到中の歌と踊りは、小学生の女の子ハルカ&レナのユニット=「キグルミ」。

それでこんなのが公開されてて、かわいいんですけどね。
キューピーのCMは結構すきだったのになぁ・・・やだなぁ。

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もうね、CMみてもこの子達が見えちゃうんですよ。
するとねCMがつまらなく見えてね。残念です。見なきゃよかった・・・。

キグルミ - たらこ・たらこ・たらこPV




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TOM FORD / トム・フォード
Anna Wintour, Graydon Carter / Rizzoli International Publications / 2004年10月

瀕死のグッチを、世界で最もセクシーなブランドとして復活させたトムフォード。その10年の軌跡を収めた写真集が登場。Richard Avedon, Mario Testino, Steven Meisel, Helmut Newton, Herb Ritts, Terry Richardson, Craig McDean, Todd Eberle,らによる200点以上の写真を収録


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サマンサタバサとWWCITY、新アルバム『B'Day』のプロモーションを兼ねて日本武道館で行なったライブでは、一部のノリの悪い観客に切れて歌い直し&撮影し直しする一幕もあったが、ダイナミックなステージアクションのキレは抜群。サマンサファン、ビヨンセファンとともに25歳の誕生日を祝った。
WWD JAPAN SEPTEMBER18 vol.1382

キレたのか・・・・OTL
キレちゃったのね。
それにつけても最近ますます、凄味が増してきたなぁ。

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マックスヘッドルーム。
1984年誕生のCGキャラクター。当時サブカルにハマっていたヒトは知ってるが一般的ではない。
NHKでやってたので偶然でも見ていたらラッキーかも。

新しい概念をキャラクター化してくれ、なんか未来を見た気分だった。モニターの中に人格がいる!電機の中を自由に活動するというコンセプトが画期的だった。今見たらなんてことはないんですけどね。

20分後の未来。そこは電源スイッチのない(=点きっ放しの)テレビが存在し、政治・経済などあらゆる物事がテレビの視聴率によって決定される世界でもある。世界には数千のテレビネットワークが存在し視聴率を競っているが、中でも「ネットワーク23」はトップクラスを誇っていた。

自分の名前を冠した調査報道番組を任されている敏腕レポーター、エディスン・カーターは、視聴者の連続変死事件を追っていたが、局上層部から取材を差し止められる。黒幕は社長のグロスバーグ。企画開発部門チーフを務める天才少年・ブライスが開発した、ザッピング阻止の為のCM圧縮技術「ブリップバート」の導入で視聴率を上げる事が出来たものの、実はこれには不活発な視聴者を爆裂死させるという恐るべき副作用が出ており、局としては明るみに出る事を抑えねばならなかったのだ。


ドラマとしては特に目新しい話でもないんですが、設定の勝利。か。
コンピュータがどーんと座っていて『私ハコンピュータダ』みたいなのはたっぷりありましたが・・・手塚治虫にも。
こんな感じになってしまいました↓
The Karl Lorimar Max Headroom Sweepstakes


新しいレポーターコントローラー、シオラの指示のもと、ブライスの存在に肉迫したエディスンは、ブリップバートの副作用の様子を収めた映像を目の当たりにする。だが録画には失敗し、エディスン自身も捕まってしまった。グロスバーグの命令を受けたブライスは、エディスンがどこまで知っているか割り出そうと、コンピューターでエディスンの記憶を引き出して数値化、再構成した。かくてエディスンの分身、人格を持ったコンピュータグラフィックス、マックス・ヘッドルームが誕生する。

なお、マックス・ヘッドルームとは「Max Headroom―高さ制限」の事で、地下駐車場の規制バーに頭を打ち付けて気絶するエディスンが最後に見た物であり、その記憶が真っ先に出て来た事に由来する。


当時は大変な人気でアートオブノイズのPVにも出演(?)
Art Of Noise Paranoimia

更にはコカコーラのCMにも出演(?)
MAX HEADROOM COKE COMMERCIAL

Max Headroom New Coke Commercial

こうしたのがあって今があるんですよ。
いや~進歩ってすごい。


tdk_logo.gif


小学生の頃、皆が真似したコマーシャル。
藝術が身近になった瞬間。藝術がテレビに出てるという『今』藝術が作られていると言う感覚が生まれた瞬間。

アンディー・ウォーホルという存在はすごかったなぁ。
『いる』っていうだけで藝術だった。
もっともその頃『アート』みたいな言い方になってたけど。

彼は自身について聞かれた際、「僕を知りたければ作品の表面だけを見てください。裏側には何もありません」と、徹底して「芸術家の内面」などといったものを排除し、無表情で、透明で、表面的であろうとし続けた。彼は有名なものへの愛情を隠さず、スターや政治家や事故、有名な商品をしばしば題材に取り上げたのは、それが有名であり皆も自分も大好きだからだと述べている。また彼自身がアメリカの有名人になってからも、ペースを乱すことなく淡々と有名人を演じ、機械の様に作品を制作し続けることを理想としていた。

アンディー・ウォーホルのコトバってすごく面白くって本にもなってる。なんか『使える』言い回しがなくって(笑)ミモ蓋もないような感じで・・・。

Andy Warhol - TDK CM

芸術の世界の外では、アンディー・ウォーホルはこの時期に名声や有名人について語った次の言葉で有名になった。

「未来には、誰でも15分間は世界的な有名人になれるだろう。」

1970年代末に彼は「60年代の予言はついに現実になった」と話したが、マスコミからこの言葉について毎回尋ねられることにうんざりし、このフレーズを

「15分の間なら誰でも有名になれる
(In 15 minutes everybody will be famous.)」

と言い換え、以後回答を断るようになった。


まったく、マスコミがスキなんだかキライなんだかサッパリわかりません。そのへんがカッコイイところでしょうか。


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Albino Minnie Mouse:Martin Margiela 『A MAGAZINE ♯1(2004)』

『天才』マルタン・マルジェラにかかるとミニーちゃん本名:ミネルバ・マウス(Minerva Mouse)さんも、アートな存在に高められる。

それにしても、アルビノか・・・・・。言い切っちゃてるなぁ・・・・。
白蛇信仰?
ジャングル大帝のファン?パンジャ?それともレオ?

アルビノとは、チロシナーゼという酸化酵素の働きが先天的に不完全で、色素であるメラニンが全く、もしくはほとんど合成されない症状またはその個体のことをいう。ヒトに限らず、広く生物一般に見られる。先天性色素欠乏症、先天性白皮症、色素欠乏症、白子症とも。

白い個体は非常に珍しいため、特別な個体として神聖視される、あるいは逆に凶兆とされる場合がある。


う~ん、マルタン・マルジェラの『白』に対する執拗さはどこから来るのだろうか?『強迫観念的』に塗りたくってる気がする。白く埋めてしまわなければならない理由はなんだ?
突然変異に対する憧れか?
それとも、変異を生み出す環境を期待しているのか?
変容というものがキーワードなのか?
メタモルフォーゼしたいのか?

ひょっとして本人がアルビノなのか?

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久しぶりに聞いたらよかった。
確かこのヒトは楽器全部自分でやったはず。
才女なんだけど反抗してるなぁ・・・。

Jane Child - Don't Wanna Fall In Love

Jane Child (born on February 15, 1967 in Toronto) is a Canadian Dance-pop singer, producer and musician best known for her 1990 hit song "Don't Wanna Fall in Love", which peaked at #2 on Billboard's Hot 100 chart for three weeks in the spring of 1990. Her follow-up single, "Welcome to the Real World", was a modest hit, peaking at #49. These originated from her eponymous debut, which peaked at #49 on Billboard's Pop Albums Chart. In 1992, she contributed a track titled "Mona Lisa Smiles" to the soundtrack of Freejack, a sci-fi action thriller starring Emilio Estevez, which was included on her sophomore release, "Here Not There", one year later. This album was a departure from her debut, in that she mixed standard-issue new-jack with hard rock tracks, and using outside writers on a few of them.



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鬼才イーノ。
いまどういう評価なんでしょうか?このヒト。

Before and after Science is a 1977 album by Brian Eno. It is less experimental than its predecessor Another Green World, containing no instrumentals. The songs in the first half (Side 1 of the original album, tracks 1 through 5) are energetic, while those in the second half (Side 2, tracks 6 through 10) are languid and pastoral.

The song "King's Lead Hat" was released as a single in January 1978; its flipside was a non-album track, "RAF".


これはぜんぜん知らん買った話ですが、調べたら『へ――』だったんで忘れないように残しておくことに決めました。〈以下引用〉

日本でもパソコンブームの火付け役となった、あのマイクロソフト社のオペレーティングシステム、「Windows 95」の起動音「The MicroSoft Sound」は彼の作曲によるものである。一般にはあまり知られていないが、世界中の多くの人々が知らず知らずのうちに彼の作品を鑑賞していたということになる。
「CHRONICLE POP MUSIC CRITIC」誌の1996年のインタビューによると、マイクロソフト社からの依頼は「人を鼓舞し、世界中の人に愛され、明るく斬新で、感情を揺さぶられ、情熱をかきたてられるような曲。ただし、長さは3秒コンマ25」であったという。
当時新しいアイデアが思い浮かばずに悩んでいた彼は、これを「待ち望んでいた課題だ」と快諾し、製作にとりかかった。
最終的に84個のごく短いフレーズが製作され、その中の一つが「The MicroSoft Sound」として提供された。


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『たった5千人の人しかアルバムは買わなかったが、それら一枚一枚がバンドの始まりだった』・・・ブライアン・イーノ

恐るべきアルバム。後になって影響云々を言われて評判が高いって言うのも珍しいのではないか?というボクも随分後になって聴いたし、聴いた最初は『???』って感じだったけどね(笑)
とにかくそういうものも世の中にはあるというのがわかった。

ヴェルヴェットのファーストの中では無論この曲。
The Velvet Underground - Andy Warhol, European Son

なんかわからないですがPVらしきものが他にもあるんですが?どっちがオリジナルなんでしょうか?誰か教えてください。
Velvet Underground - Andy Warhol - European Son

あと、もうひとつ上げるならこれ↓
Velvet Underground - Andy Warhol - Venus In Furs


PUMA.jpg


プーマのプロモーションに行ってみた。
大阪の今の店舗は狭くこの手のプロモーションには手狭かも。
早く大きな店でやって欲しいものです。
それにしても『展示』の手法はいまひとつかなぁ・・・。
もうちょっと迫力があっても良さそうなもんですが。コンパクトなんで見やすかったといえば見やすかったけど

以下はパンフレットからの抜粋

Walt'Clyde'Frazier

1945年、アトランタに生まれた暗いどの情熱は、幼い頃より常にバスケットボール、ファッション、そしてスニーカーに注がれてきた。
『ボクが10歳か11歳の頃、スニーカーがワードローブの中で一番ホットな存在だったんだ。毎朝ぴかぴかに光ったシューズを履いて出かけられるように、毎晩石鹸で洗って、ブラシで磨き上げていた。シューレースの結び方にまで、すごくこだわったもんさ』

1967年にニューヨークニックスに入団したクライドは、天性のシューターとしての芸術的且つスマートなパフォーマンスで、瞬く間にスターの階段を駆け上がり、“Bonnie & Clyde”(俺たちに明日はない)のウォーレン・ビーティーに似せたユニークなファッションスタイルから”CLYDE"のニックネームで親しまれるようになった。


ちなみに殿堂ではこんな紹介です。
hall of famers

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シンクロですが、ホントやばいトコでした。
順番に救われたか?
スペインチームは日本より先の演技で、本来?っていうかまともならテクニカルで日本に負けてのフリーのはずだった。
コーチもそう思っていたはず。が、しかしテクニカルで同点。
盛り上がるスペインチーム。そこに落とし穴が潜んでいたと思う。

スペインチームの持ち味は大胆で伸びやかな演技と肢体の美しさを生かしたエンターテイメント性だったはずなのに、テクニカルで並んだスペインはある意味守りに入った。結果、緊張し本来の持ち味を出せなかったと言ったところだろうか?

いや~勝負って厳しいなぁ・・・。

日本「世界2位」の座死守!10大会連続の銀

シンクロナイズドスイミングW杯最終日(17日、横浜国際プール)2番手は譲らない! チームのテクニカルルーティン(TR)とフリールーティン(FR)を行い、昨年の世界選手権2位の日本は合計97.750点で銀メダルを獲得だ。TRはスペインと同点の2位だったが、FRで突き放した。世界大会のチームで日本が2位になるのは97年W杯広州大会から10大会連続。宿敵スペインとのデッドヒートを制し、「世界2位」の座を守った。ロシアが合計99.100点でW杯4連覇、大会全4種目を制してW杯を獲得した。

 やっと重圧から解放された。日本のマーメイドたちが大粒のうれし涙をこぼして、喜びをわかち合う。宿敵スペインとのマッチレース。0.150点差をつけて銀メダル獲得。地元開催のW杯で「世界2位」の座を10年連続で守りきった。

 試練を乗り越えた。得意のTRではミスが発生。同調性を欠くまさかのシーンが数度あり、スペインと同点に。TRで先行して逃げ切る“勝利の方程式”に大きな狂いが生じてしまった。直後のチームの雰囲気は重く、沈んだ。

 だが、“救世主”がいた。鈴木絵美子(ミキハウス)だ。TRは温存された日本のエースが、FRに志願出場。チームを一つにした。「TRで負けてはいなかったし、前日のデュエットでスペインに負けたからなんとかばん回したかった」。大黒柱に引っ張られ、最終組で泳いだ日本は3人の審判が9.9点をつける会心の演技で魅せた。

 大会では不調だった原田早穂(ミキハウス)も最後に意地を見せた。入水直前に足を滑らせて右太もも裏を切るアクシデント。だが、最後まで泳ぎ切り、3種類のリフトの土台役をやり遂げた。「焦ったけど、入水直後にチームメートが形にはまるように私を押してくれた。そこから集中できました」。仲間との一丸の勝利を実感した。

 デュエット、チームで銀メダルを獲得したアテネ五輪代表組で残っているのは、鈴木絵らわずかに3人。2年後の北京五輪に向けて若返った新生日本代表には表現力などまだ課題は多い。だが、ライバルとの接戦を制した銀メダルは何よりの収穫。来春の世界選手権(豪州)、今度は打倒ロシアに挑戦する。
(サンケイスポーツ) - 9月18日8時2分更新


それにしてもスペインっていつからこんなに強くなったんだろうか?と思ってたら日本人コーチの名前が・・・・藤木麻祐子コーチ!?
アテネのときはシンクロの日本コーチ陣に名前がある。

96年アトランタ五輪の銅メダリスト。3年前に技術指導を頼まれたのをきっかけにスペインに渡った。「3カ月の予定だったのに、いつの間にか3年」と笑う。

 スペインは振り付けの面白さなど表現力に定評があったが、日本のような同調性に欠けている部分があった。

 「ラテン気質というか、やる気を出すと実力の数倍の演技を見せるが、気持ちが沈むとまるでだめになる。同じことを繰り返すような忍耐強い練習も苦手」。日本とは勝手が違い、苦労が多いようだが、雰囲気ややり方を変えながら育て上げてきた。

 今大会では、各種目で日本としのぎを削るが、あまり抵抗感はないようだ。「トップにロシアという存在があり、そこに追いつき追い越すのが目標。日本はライバルというよりも同じ目標を持つ国が、たまたま近い位置にいるという感じ」。視線は日本よりさらに上を向いている。


ふ~ん。そういうことか・・・・。北京はヤバイな。
スペイン・・・なんかやりそうだ。
それにしても私の世代では、コーチが海外に行ってそっちが強くなると言うと、バレーボール女子の『ペルー』の『加藤明』さんを思い出すが?
こんなヒトだ↓

「加藤 明」と言う名前を聞いて、「ああ、あの有名な加藤さん」と思い出す人は、余程のバレー通か、新日鐵ファンということになってきたのではないでしょうか。
慶應義塾大学を昭和30年に卒業して、当時の八幡製鐵に入社、前衛のレフト(当時は9人制)として大活躍し、その天才的なバレーボールセンスは抜群であったと語り継がれています。ちょうど、6人制へ日本のバレーボール界が、大転換を迫られていたときで、6人制でも第4回世界選手権大会(昭和35年)の日本代表に選ばれるなど、輝かしい戦歴の持主であります。しかし、「加藤 明」さんの名前は、昭和35年にバレーボール部を引退し、指導者の道を歩み始めてからの活躍において、その名を永遠に残すことになったのであります。

2部に低迷していた母校、慶応のバレー部の監督を引き受け、1部に復帰させ、昭和39年のインカレでは強豪を次々破って優勝に導くなど、指導者として非凡な才能を見せた「加藤 明」氏は、南米ペルーの女子ナショナルチームの、監督を委されたのであります。現役時代からの抜群のバレーセンスとバレーボールに掛ける情熱と誰にも慕われる素晴らしい人柄は、全くのバレーボールの後進国であったペルーチームを、あっと言う間に国際的なレベルの素晴らしいチームに作り上げて行ったのでした。
「加藤 明」氏の功績の大きさは、ペルー政府のオフィシャル(叙勲)の栄に輝いたことでも判りますが、 広く国民からも慕われていたことは、ペルーを訪れた多くの日本人旅行者が「カトウを知っているか?」と聞かれたというエピソードからも、推し量ることが出来ます。
残念ながら、昭和57年(1982年)3月20日ペルー・リマ市内の病院で、49才という若さで亡くなられました。

鎌倉の材木座霊園に「惜別の碑」があり、次のように書かれています。


慶應義塾大学、八幡製鐵と白いボールに青春と男の夢をかけ、南米ペルーにまいた
一粒の種は大きく実を結んだ。ペルー政府よりオフィシャル、日本政府より勲五等
雙光旭日章と名誉ある叙勲を受け、バレーボールに限りない情熱を捧げ、多くの人々
に愛され慕われた明よ、安らかに眠れ。


堺ブレイザーズオフィシャルサイト





私の大好きな作家。ジェフリー・アーチャー。
その作品で最初に読んだのがこれ。

Kane and Abel is a 1979 novel by British author Jeffrey Archer. The title and story is a play on the Biblical brothers, Cain and Abel. Released in the United Kingdom in 1979 and in the United States in February of 1980, the book was an international success. It reached No. 1 on the New York Times bestseller list and in 1985 was made into a CBS television miniseries titled Kane & Abel starring Peter Strauss as Rosnovski and Sam Neill as Kane.

まずは例によってあらすじの紹介。こういったのはうってつけのサイトがあって、ジェフリー・アーチャーの作品を紹介しているのがありますのでそちらからコピペ。

1906年4月18日、二人の男が生まれた。ポーランドで私生児として生まれたヴワデク・コスキェヴィチ、そして、アメリカの銀行家の長男ウィリアム・ケイン。

ヴワデクは、ドイツやロシアのポーランド侵攻により祖国を奪われ、シベリアの収容所に送られるが、脱走を果たし、やがて移民としてアメリカに渡りつく。そこで、彼はアベル・ロスノフスキと名前を変え、新天地での生活を始める。一方のウィリアムは父親をタイタニック号の事故で、母親を病気で失うものの、父親のあとを継ぎ銀行家として成功することを目指し、何不自由なく育っていく。

アベルはプラザ・ホテルの給仕係として働いているときに、リッチモンド・ホテルのオーナー、リロイに引き抜かれ、副支配人にまで昇進する。しかし、アメリカを襲った大恐慌に巻き込まれ、リッチモンド・ホテルは破産し、リロイはアベルにホテルの全株を残し、自殺する。アベルはリッチモンド・ホテルへの融資を断ったウィリアム・ケインに復讐心を抱く。

匿名の出資者により危機を脱したアベルは持ち前の才能を活かし、ホテル・ビジネスで成功していく。一方のウィリアムも銀行ビジネスで成功を収め、アメリカ随一の大銀行の頭取になるが、アベルは彼を破滅させるためにウィリアムの銀行の株を買い集める工作を進める。

その二人の確執の間で、アベルの娘、フロレンティナとウィリアムの息子、リチャードは出会い、恋に陥る。二人は親の反対を押し切り、駆け落ちするが、そのことがさらにアベルとウィリアムの憎悪を燃え上がらせる。


映画(テレビ映画か?)を昔NHKで見たことがある。
随分地味な感じのフィルムだった。どうしてイギリス人って人はあんなに地味にしてしまうんでしょう?たいがい映画は地味ですね。

原作のスペクタクルなシーンをハリウッドなら派手すぎるぐらいに演出しそうなもんですが、その辺はイギリス人はどうも不得手なように思う。

それにしても、今にして思えばこのジェフリーアーチャーって人はこういうの(サーガと呼んでますが)書かせると世界一ですね。


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こういった人物を政治家のカテゴリーに入れるのも問題あるけど、社会に及ぼしている影響は、その辺の政治家の比ではない。
それがどうもここ最近キナ臭いニュースが・・・。
なんかちょっとヤバイ?マズくないですか?

ベネディクト16世(ラテン語:Benedictus XVI 1927年4月16日 - )はドイツ出身の第265代ローマ教皇(在位:2005年4月19日 - )。本名はヨーゼフ・アロイス・ラッツィンガー (Joseph Alois Ratzinger)。ラテン語の主格表記でベネディクトゥス16世と表記されることもある。

ベネディクト16世はミュンヘン教区の司教に就任する以前、神学者としてすでに有名な存在であった。パウロ6世時代の1977年に枢機卿にあげられ、ヨハネ・パウロ2世によって1981年に教皇庁の教理省長官に任命された。1993年に司教枢機卿になり、1998年に枢機卿団の次席枢機卿、2002年11月30日に首席枢機卿に任命された。歴代の首席枢機卿はオスティアの名義司教であることが通例であるため、同時にオスティアの司教位も受けた。


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何が問題なのかと言うと、イスラムに対する態度。
カトリックの連中は皆教皇に倣うんじゃないですか?そこまで盲目的なことはないにしても、発言としてかなり危険。
ボクとしては『ドイツ人ってヤツは・・・』って見方になってしまう。
このヒトは、ヒトラーユーゲントにもいたことがある。事情があったにせよそういう状況下におかれたことがあるってことになれば、教皇選出の際、その辺の思想的な点はOKだったんだろうと思うけど、こういうことを言っちゃうとなぁ・・・。

イスラムは「邪悪」=ローマ法王発言に怒り広がる
 【ニューデリー15日時事】ローマ法王ベネディクト16世が、イスラム教が本質的に暴力を容認する宗教であるかのような発言をし、イスラム諸国から怒りの声が相次いでいる。2001年9月の米同時テロ以来、欧米の一部にはイスラムの教義そのものに暴力の原因を求める議論があり、イスラム教徒の神経を逆なでしてきた。パキスタン議会は15日、法王に発言の撤回を求める非難決議を全会一致で採択した。
 ローマ法王は12日、訪問先の母国ドイツの大学で行った講義で、東ローマ帝国皇帝によるイスラム批判に触れ、「(イスラム教開祖の)預言者ムハンマドが新たにもたらしたものを見せてほしい。それは邪悪と残酷だけだ」などと指摘。その上で、イスラムの教えるジハード(聖戦)の概念を批判した。 
(時事通信) - 9月16日1時1分更新


日本人的には非常にわかりにくい話だし、今までのたまりに溜まった感情はあるだろうケド、ここまで断定することはないし、言い方ってモンがあるでしょう?と思ってしまうわけです。

翻訳の具合でニュアンスまでは翻訳後でないとわからないけど、少なくとも『聖人』はヒトのことを『邪悪』だの『残酷』だのとは言わないもんだと・・・。聖人からは程遠い発言にしか思えません。
徳のないヒトだなぁ。と、ここまでは悠長な話だけど言われてるイスラムの人たちはそれでは収まらないと思います。かならず、何か仕掛けてくるだろうし原理主義的な連中は必ずテロをお見舞いしてくれるの違いない。そうなると戦争ですか?

宗教戦争でも桁違いのものを考えちゃうんですけど、考えすぎでしょうか?

bronzino.jpg


上の絵はブロンツィーノの聖母子像。
この話の中で出てくる。

As the Crow Flies is a novel by Jeffrey Archer. The novel was originally published in hardback by HarperCollins in May of 1991. HarperCollins and Random House both published paperback version of this book in 1992.

ジェフリーアーチャーの中でなにがいちばんおすすめ?
と訊かれたら
『これ!』と絶対にオススメの一冊(いや、上下巻)
大まかなあらすじは
ジェフリーアーチャー百科事典
にあるとおり〈以下引用〉

ロンドンの下町でうまれたチャーリー・トランパーは、高級ショッピング街チェルシー・テラスに自分の店を開くという夢を抱く。出兵から帰還した彼は、幼馴染のベッキー・サモンをビジネスパートナーにし、チェルシー・テラスの店を買収しはじめる。

そのなか、ベッキーは、チャーリーの軍隊での上官トレンザムに騙され、彼の子供を身篭ってしまう。トレンザムが、自分が父親だとは認めないことを知ったチャーリーは、その子の父親となることを決め、ベッキーと結婚する。彼は軍にそのスキャンダルを告発し、トレンザムは軍隊から追放され、不名誉のなか移住先のオーストラリアで死ぬ。

息子からその経緯を聞かされたトレンザムの母親は、息子はチャーリーに殺されたのも同然と考え、彼への復讐に執念を燃やす。彼女はチェルシー・テラスの一角を購入したり、盗品をチャーリーの所有するオークション・ハウスに出品させたりと、さまざまな妨害工作を行う。その困難を乗り越え、チャーリーはチェルシー・テラスに百貨店トランパーズを開くことに成功する。

一方、自分の出生の秘密を知ったベッキーの子ダニエルは、自分の祖母でもあるミセス・トレンザムにチャーリーの事業を妨害しないように忠告するが、逆に彼女から重大な事実を聞かされ、彼は自殺に追い込まれる。

そして、ミセス・トレンザムはチャーリーへの復讐の最終手段として、トランパーズの株の買収を始める。彼女の妨害工作を止めるためには、トレンザムがオーストラリアで生ませたという子供を見つけるしかなかった。


たしかに大筋ではこんな話だし、クライマックスはこの筋の中にある。
けど、僕の中で印象的に残ってるのは、話の最後のあたり・・・大臣になった老齢の主人公『チャーリー』が、手押し車で野菜を売ってるシーン。
『正直商人チャーリートランパー』の手押し車の風景に、チャーリーのおじいさんの姿がオーバーラップする。おじいさんがお客さんと交わすやり取りとまったく同じにチャーリーがやり取りするシーンにじ~んとくる。

20060912222746.jpg


サントリーオールド。
1978
新聞広告。

社会へ出ると、なぜか優しい感じになってくる。
でも、やっぱり先輩。
学生時代に戻るのも早い。
グラスを上げるほどに時計は逆まわり。
すぐにコラ、バカ、ホレ、の乱発となる。
飲んで、歌って、話して、笑って・・・・・・
ではこの辺で、先輩、ごちそうさま。

この前、先輩におごってもらったのは、いつですか。
いい酒でコミュニケーションを サントリーオールド


いい広告だと思う。
ノスタルジックになるのはボクがトシを食ったから(笑)


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イブ・サン・ローラン
多分日本人の殆どが最初に覚えたフランス人の名前(?)
それか、ピエール・カルダンの次ぐらい(笑)

YSL.jpg


このヒトって目が怖くないですか?
今も(年取られましたが)目は怖いです。あと笑顔がひきつってるようなきがします。

Yves Saint Laurent "Jazz"1986

Yves Saint Laurent jazz 1992

そしてまぶしい若々しいサンローラン
http://www.youtube.com/watch?v=CGwNr1cs1f8&mode=related&search=



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