持続する空間デザイン商業空間のデザインは、それが果たすべき役割のイメージを、客に喚起させることが重要だ。企業と客をつなぐインターフェイス、またはコミュニケーションツールとして有効に機能することが求められる。ファッションブティックでは、その傾向が特に顕著だ。
その店で販売される商品は、まさにそのブランドが持つ意思や時代性を反映したイメージの集積であり、その空間はそれらをより強固に集約し、ひと目で伝える強いメッセージ性が必要となる。
ファッションの世界は、次々と新しいイメージを欲し、多くのインテリアデザイナーがそのイメージを具現化してきた。そのため、ブティックにおける空間デザインの消費は非常に早い。
その消費のスピードの中で、コムデギャルソンは大胆な商空間の提案をしつつも、その消費の競争の中に身をおくことを拒んできた。イメージを強く定着させる為には、空間の持続が必要だった。1999年に改装した青山店はリニューアルより7年の時間を経ながら、今もなお新しいイマジネーションを我々に訴えかけてくる。そうした店作りの発想はどこから来るものなのか。デザイナー川久保玲に話をきいた。
デスティネーションショップ長らくNYソーホー地区に店を構えていたコムデギャルソンが、食肉工場などが並ぶ倉庫街であるウエストチェルシーにあるもと自動車修理工場へとショップを移転させたのは99年。青山店の改装と同年である。これは、海外資本のメガブランドによる出店が日本で加速し始めた頃と重なる。コムデギャルソンは『私たちの資本では、そうした海外資本によるメガブランドと同じ方法論で企業を拡大していくことは出来ません。そのため、いかにほかのブランドとは違うコムデギャルソン独自の世界観を展開するかということを再確認するきっかけとなった』という。
ニューヨーク店は地元メディアによって“デスティネーションショップ”と評された。偶然立ち寄ってもらうのでなく、“わざわざコムデギャルソンに来てもらう”ことに主眼をおいた立地への出店だからだ。店づくりのセオリーである、オープンで入りやすい空間を、あえて閉じたものへと変化させ、コムデギャルソン独自の空間作りの色合いをより強めていった。しかし、川久保玲は『これまでと考え方は同じ』と、素っ気なく答える。
『ニューヨークもパリも京都店、大阪店も同じ。わざわざ来ていただく、人通りの少ないところにあえて出店しています。人通りの多いポピュラーな場に出店することはないですね。青山店のように、結果としてヒトが多く通ることになることもあるけれども。コムデギャルソンの店というのは、興味のある人に向いている。ただ売ることだけを目的としたいわけではないんです。もちろん商売ですから売ることが前提ですけど、売ることが一番なのではなく、来て頂いて(コムデギャルソンのことを)理解していただいて、着たいと思っていただきたい。五感で愉しんで、考え方にも共鳴していただきたい。そういうことをすべて表現していくと、ああいう立地や空間になるわけです』
世界観を作るマテリアル神戸店においても、『コンセプトは特にない』と簡潔に答える。
『今回、百貨店側からいただいた環境は、準路面店という位置づけで、展開を考えるにあたり、決してよい環境ではありませんでした。既に別の店舗がいくつも入居し、そこには、そうした店が持つ、まったく異なるイメージが既に付加されてしまっている。その環境に対し、私たちの世界観を出すには、普通のヒトが考えない強いポイントが必要でした。』
出店が決まるたびにまず自信で現場を訪れるという川久保が、神戸出店に当たってイメージを固めるきっかけになったのは、共用部にあるうち捨てられたような広い階段だった。『まったく使われていない裏側。それをポイントにして考えよう。それがはじまりであり、すべてです』これまで裏動線であった階段からコムデギャルソンへ単独で入ることが出来る、他の店舗とは全く別の入り口を作るということは、川久保の店作りに通底する“お客様に入っていただこう”というテーマに繋がる。
『階段を、堂々としたメーンの入り口にするため、劇場のように階段から入っていくイメージを用いて、シーンの切り替えを図っています。そこで階段の写真を貼っているわけですが、階段の写真のみでは、中との繋がりを見出しにくかったので、イメージを延長させ、店舗内部にまで貼っています。準路面店ですので、弊社のブランド(のライン)がいくつも売られます。ですからなるべく広く売場をとらなければならない。かつ商品量も入らなければならない。(ラインごとに)空間を仕切ることには仕切るんだけど、すべて繋がっている、と言う考え方になりました。すべてのデザインを考えてかっこいいことをやろうというのではなく、必要なものを押さえるからこそ生まれたデザインです』
存在する間だけ買える店こうした店作りと並行して、青山骨董どおりではテンポラリーショップと称される期間限定の店舗が展開される。
これまで展開されたのは、コムデギャルソンのデザイナーの一人、渡辺淳弥がプロデュースした『ハッピー・アーミー・ショップ』、パリのセレクトショップ『コレット』とコラボレーションした『コレット・ミーツ・コムデギャルソン』そしてブリュッセルを拠点とした活動を行なう若手現代美術家ヤン・デ・コックによる彫刻そのものを店舗にした『ヤン・コムデギャルソン』。2006年9月には『ドーヴァーストリートマーケット東京』が新しくオープン。規模が大きな路面店を展開する一方で、こうした期間限定によるショップ展開も同時に行なっている。
『コムデギャルソンではいくつもの店を作っていますが、もちろんその中にはいろいろなスタイル主張の店があるわけです。それらの店の中にはないものをやらなくてはならない、というところからテンポラリーショップの発想が生まれました。これは、内装のデザインがどうだということではなく、ビジネスのひとつの形なのです』
極めて短命なファッションの性質を逆手に取ったこの戦略は、形を変えて海外でも展開されている。『ゲリラストア』とよばれるこれらの店は、どこも1年間の期間限定。経営に当たるのは、地元の大学教員や学生などの素人。地元の異分野の人々とパートナー契約し、経営を任せる。内装の指示などもなく、ただ商品の構成のみをコムデギャルソンがチョイスするというものだ。新作と過去の在庫品を取り混ぜた商品構成で、開店にかかる資金も抑えることが出来る。1号店であるベルリン店の内装造作費はわずか2500ユーロ。
既存店のない海外の都市への試験的な出店や、在庫品の整理など、ビジネス戦略として有効であり、かつ先進性を求める企業体として、文字通り有益なゲリラ活動となっている。こうした動きは米国の大手小売店『ターゲット』が、ロックフェラーセンターに6週間のみアイザックミズラヒのコレクションを販売するポップアップアウトレットをオープンさせたこととも通ずるところがあるが、コムデギャルソンは既に1店舗目であるベルリン店をはじめとするいくつかの店