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090508_21のコピー

ああ、知らん間にOPENしてたのね・・・。
なんか、東京に住むようになってから青山に行かなくなった(行けなくなった)。
いつでもいけると思ってたら行けないもんだし、渋谷や原宿からだと骨董通りまでめんどくさくって簡単に行かなくなった。いままではついでに行っておかないといつ来れるかわからん!っていう状況だったのでめぼしいところにはいってたからね。

Today is the official opening day of the VOGUE NIPPON and COMME des GARÇONS - MAGAZINE ALIVE in TOKYO.

The store will close in November, until then each month the store will change according to the current issue of VOGUE NIPPON. For example July is Manga, so If you go to the 2nd floor of the store you will find a space designed by the very famous Japanese artist Takashi Murakami!
For this month there will be also, UNDERCOVER, Martin Margiela, CHANEL and more.


NUMBER 3

こちらのサイトは結構面白いですよ。
すっきりしていて好みです。

さて、その内容。
漫画ですか・・・。

 7月号のVOGUE NIPPONはモードなマンガ・ファッションを大特集。物議を醸しだしている文化庁による「国営マンガ喫茶」建設や、経済産業省によるアニメ産業の後押し、観光庁による外国人旅行者拡大施策のひとつとして注目されているマンガやアニメの活用など、日本の文化、資産としての認識が広まりつつある「マンガ」。

 そんなマンガ・カルチャーの波が、今季はついにモード界にも接近した模様。フリルやリボンを多用したロマンチックなスタイルや、ハードコアなボンテージ、プロポーションを誇張したボディコンシャス、スクールガール風の可愛いスタイルなど、どこか日本の「マンガ」「アニメ」「フィギュア」などの要素を含んでいるようにみえるファッションを。ヴォーグは「マンガ」っぽいと定義している。

 他にも村上隆と考える「Mangaはファッションに影響を与えるか?」、9人のファッショニスタが春夏コレクションのアイテムでモードなコスプレ…など気になる特集が並ぶ。

 また、モード界のアイコンを7名の有名漫画家たちが描いたTシャツが、数量限定で、5/28日にオープンした「VOGUE NIPPON」10周年記念ショップ「VOGUE NIPPON and Comme des Garcons MAGAZINE ALIVE (ヴォーグニッポン アンドコム  デ ギャルソン マガジンアライブ)」で販売される。

カール・ラガーフェルド×クランプ
マーク・ジェイコブス×江川達也
ジョン・ガリアーノ×萩尾望都
ドナテッラ・ヴェルサーチ×モンキー・パンチ
エディ・スリマン×大和和紀
ジゼル・ブンチェン×槇村さとる
ココ・ロシャ×ピーチ・ピット

■「VOGUE NIPPON and Comme des Garcons MAGAZINE ALIVE」
 日時:2009年5月28日~
 会場:東京都港区南青山5-12-3 コム デ ギャルソン テンポラリーショップ
 お問い合わせ先:03-5468-8301

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松雪泰子

会社の女性からDMC(デトロイト・メタル・シティ)を借りて読み始めました。
その女性は普通の人なんですが、メタル好きな方でいつも髑髏の柄や蜘蛛の巣柄やなにやら物騒な柄のカットソーやパンツを履いています。
まだ2巻なんでどうという感想はまた今度するとして、ストーリーは唐突ですな。

さてDMC、映画にもなってて、残念ながら見てもないんですが、松雪泰子さんが出られているらしいです。役はデスレコードの社長ということなんで「F○○K!」とか「あそこもビショビショよ!」とかいってるんでしょうか?

佐賀県鳥栖市出身。佐賀県鳥栖市立田代中学校、佐賀県立鳥栖商業高等学校卒業。

高校在学中の1989年、雑誌 MEN'S NON-NOのオーディションに応募し、「第1回メンズノンノ・ガールフレンド」に選出された。高校卒業と同時に上京し、本格的に芸能活動を始め、1991年にテレビドラマ「熱血!新入社員宣言」で女優としてデビュー。1993年の主演テレビドラマ「白鳥麗子でございます!」での強烈なキャラクターがハマリ役となり、以後女優としての地位を確立。

1998年3月、音楽バンド「ザ・スリル」のギタリストGAKU(門脇学)と結婚(入籍)[1]。長男を出産したが2004年12月、「仕事が忙しくすれ違いが多い」ことを理由に[1]離婚した。結婚以前には、保阪尚希と公然の仲で、交際時に共演したKOSEのCMが話題を呼んだ。2人で逃げるシーンが視聴者にインパクトを与えた。他に河村隆一や、ドラマーの沼澤尚との交際を報道されたことがある。元美容師で現在、俳優として活動している高村晃平こと松雪浩平と、元LAZY KNACKの香月優奈こと松雪陽平という2人の弟がいる。

2006年公開の主演映画『フラガール』が大ヒット。米アカデミー賞外国語映画賞ノミネーションのための日本代表作品に選出された。ヒット映画『ALWAYS 三丁目の夕日』を押し退けての選出であった。自身も日本アカデミー賞優秀主演女優賞などを受賞した。

2008年公開の映画『デトロイト・メタル・シティ』、『容疑者Xの献身』の2作品で日本アカデミー賞優秀助演女優賞受賞。


多分見ることもない映画なんですが、松雪さんのビューティフル加減は至高!
あの美貌は奇跡でしょう。

the_perfect_kiss3のコピー

パーフェクト・キス(The Perfect Kiss)とはニュー・オーダーが1985年に発表したヒット曲である。この曲が出るまで、かれらはシングルとして発表された曲をアルバムに収録する事はなかった(US盤の「Power, Corruption & Lies」に「Blue Monday/The Beach」が収録されている例外もある)。アルバム『ロウ・ライフ』収録。全英チャートで33位を記録。

この曲には(ライブ版以外の)バージョンが3つある。1つは最初に発表された12inchで、リズムマシンのパーカッションから始まり、フッキーのベースソロが絡むイントロが特徴的なもの。2つめは前述のアルバム、他ベストなどに収録されているもので、12inch版を編集してつくられたと類推されるもの。このバージョンでは大サビの部分が丸々カットされているというおよそ考えられない編集がされており、(編集部分をよく聞くと大サビに入る部分が一瞬残っている。)その部分の歌詞にこそ、「Perfect Kissとは?」というこの曲のテーマが説明されているので、アルバムしか聞いた事の無いリスナーとシングルも聞いた事のあるリスナーではこの曲に対する印象も大分違う。3つめは彼らの第一期とも言われる「True Faith」を発表するまでのシングルを集めた『サブスタンス』というアルバムに収録されているバージョンで、最後のフッキーのベースソロの部分のバッキングのシンセサイザーのリフが、12inchで発表された最初のバージョンとは異なっているものである(12inchではシンセのリフパターンは2つあるが、『SUBSTANCE』のバージョンでは同じリフが続く)。また曲の途中でカエルや羊の鳴き声が聞こえる。

現在、12inchバージョンが収録されたCDはオフィシャルでは存在せず(「SINGLES」に収録の物はアルバムバージョンである)このバージョンを聴くにはアナログの12inchを捜し求めるしか方法がない。

プロモーションビデオはジョナサン・デミ監督で、他の曲のユニークなものとは異なり、最初から最後までスタジオでメンバーが演奏するという内容である。前述の12inchバージョンを演奏している。なおスタジオの壁にはジョイ・ディヴィジョンのポスターが貼られているのがわかる。

ファンからの人気が非常に高い曲であるにもかかわらず、1998年の活動再開以降からは全くライブで演奏されていなかったが、2006年に入ってから再びセットリストに取り上げられるようになり、「ブルー・マンデー」とともにライブのハイライトを飾っている。


New Order-Perfect Kiss

I stood there beside myself
Thinking hard about the weather
Then came by a friend of mine
Suggested we go out together
Then I knew it from the start
This friend of mine would fall apart
Pretending not to see his gun
I said let's go out and have some fun

I know you know
We believe in a land of love
I know you know
We believe in a land of love

I have always thought about
Staying here and going out
Tonight I should have stayed at home
Playing with my pleasure zone
He has always been so strange
I'd often thought he was deranged
Pretending not to see his gun
I said let's go out and have some fun

I know you know
We believe in a land of love
I know you know
We believe in a land of love

New Order--"The Perfect Kiss" (Unedited 12" Single 8:48)

New Order - The Perfect Kiss

69村上龍

ベトナム戦争と学生運動に揺れた1969年、基地の町・佐世保の高校に通う、高校三年生の矢崎剣介<あだ名はケン>(妻夫木聡)がいた。彼は退屈とレールに敷かれた人生を何よりも嫌う自分を含めた生徒達を管理の檻に押し込めようとする教師達に反抗するため(本当は同級生のマドンナ、「レディ・ジェーン」こと松井和子(太田莉菜)の気を惹くため)に、親友の「アダマ」こと山田正(安藤政信)らと共に映画・演劇・ロックがごちゃ混ぜになった一大フェスティバルの開催を企画する。人生は楽しんだ者勝ちというモットーの具体的意義もあったが、“レディ・ジェーン”松井和子を主演女優に据えれば自分は主演俳優兼監督として堂々と彼女とイチャつけるという煩悩に塗れた野望もあった。更には彼女の発した「デモやらバリケードやらする人の気持ち、分かるような気がする」という言葉を勝手に脳内妄想で肥大化させ、「デモやらバリケードやらする人大好き」という彼女の理想(本当は違う)を叶えるために、校内の中核派を言いくるめて学校をバリケード封鎖する事に決めたのだが、話はどんどん膨れ上がり、テレビ局や報道陣まで出動する騒ぎになる。

どうでもいい話ですが私の生まれた年。
村上龍・・・、なぜか最近はテレビでお目にかかることが多いが老けたな。

presidentのコピー

こうなるとは思っていたけど。

つまり韓国の大統領になると捕まるか死ぬかのどちらかしかないわけです。
なんか異常じゃないか?

初・2・3大統領 「李承晩」
彼の養子が実の両親を殺害。不正選挙を糾弾されハワイに亡命。そのまま客死。
第4代大統領 「尹譜善」
クーデターで退任を余儀なくされる。軍法会議で懲役3年の判決。
第5~9代大統領 「朴正煕」
長男が麻薬服用で逮捕される。狙撃事件発生。弾がそれて夫人に命中。死亡。直後、金載圭KCIA部長によって暗殺される。
第10代大統領 「崔圭夏」
学生デモ等が収まらず、粛軍クーデターを実行。結局収まらず、光州事件発生。8ヶ月で退任。
第11・12代大統領 「全斗煥」
光州事件において反乱首謀罪で死刑判決。後に恩赦。
第13代大統領 「盧泰愚」
退任後に収賄容疑で逮捕。光州事件の内乱罪も発覚。懲役17年の判決。後に恩赦。
第14代大統領 「金泳三」
在任中に経済危機に陥りIMFの介入を招く。次男は利権介入による斡旋収賄と脱税で逮捕。 
第15代大統領 「金大中」
光州事件の首謀者として無期懲役の判決。息子3人を含む親族5人が金がらみの不正事件
第16代大統領 「盧武鉉」
親族の不正が取りざたされる中、登山中に謎の滑落死


2ちゃんねるを中心に日本におけるファン層を獲得していたノムたん。
残念です。
いっそのこと、「コメディアン」として来日してもよかったと思います。

 ≪「法より人情」≫

 韓国では血縁をはじめ地縁、学縁、その他…人と人とのつながりが何より重要という「法より人情」の社会が続いている。みんなが日常的に“有力な人脈”を求めて必死だ。これが変わらない限り、権力にまつわる金銭疑惑事件はなかなかなくならない。

 盧武鉉氏は左派・革新系勢力をバックに政権の座についた。そのため「持てる者と持たざる者」とか「エリートと非エリート」「保守と革新」などといった左翼的二元論に基づく他者批判は得意だった。

 しかし家族や血縁重視など、自らを含む伝統社会の弊害には関心が弱かったようだ。政治的に改革、革新、過去否定、変化…などを強調しながら、多くの歴代大統領と同じく自分自身を含む本当の改革や変化、過去否定には失敗した。

 その意味では「過去の大統領とは違う!」という本人の意気込みとは逆に、盧武鉉氏は意外に平凡な指導者だった。ただ過去の指導者と違って自殺で責任を取ったところが、盧氏が最後に見せた「盧武鉉らしさ」かもしれない。

 この「権力と人脈」の問題は生活文化といってもいい。だからすぐには変わらない。現在の李明博大統領もその中にいる。しかも李大統領は財閥企業経営者出身であり、韓国社会における「権力と人脈とお金の危うさ」は数多く経験してきた人だ。

 盧武鉉時代に金銭疑惑の規模が小さくなったことはいいことだ。露骨な“財閥政治資金”もかなり改善されたといわれる。しかし金額の大小にかかわらず盧武鉉氏は自殺に追い込まれた。李明博大統領は“盧武鉉研究”に真剣に取り組むことで、歴代大統領がやれなかった本当の改革と新しい時代を築くことができるのではないか。(ソウル 黒田勝弘)

杉野はいずや

軍神廣瀬中佐と杉野兵曹長

戦争前には廣瀬中佐の名を知らない日本人はほとんどいなかったろう。廣瀬武夫 (広瀬武夫) は日露戦争のときに戦死した海軍少佐で、死後中佐に昇進した。
日本海軍は陸軍と共同して、ロシアの軍港旅順を攻めるが難攻不落で手を焼いた。廣瀬武夫は旅順占領に功績があったわけではないが、部下思いの姿が国民の共感を呼んだのである。

日本にとって、旅順を占領することが最大の利益であるが、海戦の立場から言えば旅順港に碇泊するロシアの艦隊が脅威であって、戦艦が港から出撃できないようにすれば目的は達せられる。乃木中将の率いる第三軍が陸から旅順を攻めたのも、占領が目的というよりロシアの旅順艦隊を制圧することが戦略上重要だったからである。

艦隊が活躍できないようにする目的から、廣瀬少佐他が旅順港の閉塞を提案した。旅順港は湾の入口が狭いから、ここに不要船を沈めて旅順艦隊が出て来られないようにするという作戦である。

何回か閉塞作戦が試みられ、司令官は廣瀬が勤めた。数回目の試みの際、船を沈めて退艦しようとしたとき、部下の杉野上等兵曹がいない。廣瀬は沈みかけた船に帰って探したが見当たらない。そこで諦めてボートで戻る途中、ロシア軍の砲弾で命を落とした。明治37年 (1904年) のことであった。

なお、旅順港閉塞は結局成功せず、陸戦で乃木希典の第三軍が兒玉源太郎の助けを借りて旅順を攻め落とす。

廣瀬少佐の勇敢な行動は「軍神」と讃えられ、小学唱歌として皆に歌われた。死後中佐に昇進したので唱歌の題名は「廣瀬中佐」である。

「廣瀬中佐」 文部省唱歌
轟く砲音 (つつおと)  飛來る弾丸
荒波洗う デッキの上に
闇を貫く 中佐の叫び
「杉野は何處 (いずこ)  杉野は居ずや」



のだめ

主演の上野樹里なんですが、橋田スガコ賞を獲られてましたね。
で橋田センセから「のだめ」のときから注目してましたと。
で、何でだか知らんが、ヨヨヨとないてました。

のだめ

よくよく見ると渡る世間は鬼ばかりの中田喜子に感じが似てるかなぁ・・・。
そのうち橋田ファミリーになっちゃうんでしょうね(笑)

髪結いの亭主①

ワタシが一時期あこがれていた身の上(笑)
こんな境遇。
シチュエーションとイメージ。
なんていうか、、、写真はイイトコ切り取ってるね。サイコーだわ。

髪結いの亭主②

一般的な映画評ではこんな感じかな。

パトリス・ルコント監督の日本初公開作で、その後の彼の作風のひとつである官能的ラブストーリーの原点とも呼べる作品。子どもの頃のセクシュアルな幻想から、女性の理容師にあこがれを持ち続けたアントワーヌ。中年にさしかかった彼は、ついに念願の理容師マチルドと結婚する。
ヒロイン役アンナ・ガリエナの匂い立つような魅力に加え、静けさに響きわたるハサミ、髪をすすぐ水…。音の使い方ひとつとっても、どこか扇情的。アントワーヌが踊るアラブ調のダンスはユーモラスだが、その音楽は、どこか懐かしさを喚起させる響きだ。少年時代の夢を実現し、妻に仕事をしてもらうというのは、男にとって都合の良すぎる物語かもしれない。しかし、意外な急展開をみせるラストシーンからは、愛すること、愛されることについて多くのことを考えさせられ、いつまでも余韻が残る。


髪結いの亭主③

また「髪結いの亭主」というコトバについては奥が深い。

今と違って江戸時代には女性が社会で一人前として認められる仕事というのはほとんどありませんでした。
学校の先生も、看護士の仕事もなかった時代です。
女性は結婚するとほとんどが専業主婦でした。
つまり男は結婚すれば女性を「食わせなければ」ならなかったのです。

そんな時代に、髪結い、今で言うところのヘアーサロンの女性だけは
職業婦人だったのです。
この「髪結いの亭主」と言うのは、多分、他の人が
経済力を持った女性を妻にもらった夫へのうらやみの表現として
「髪結いの亭主」と冷やかしたことから生まれた言葉です。


なんと!
そういうことか!

髪結いの亭主④

まぁ、見てみるべき映画なんでしょう。みなさん。



ずいぶん更新してませんでした。
GW中は実家のある岡山まで行ってましたもんで・・・。
今回もETCの恩恵で安く上げたのは良いんですが、疲労が・・・。体が鉛のように重いッス。
東京への帰りは昨日でほぼ渋滞なし。(静岡~清水~裾野ぐらいでちょっとだけ)
ずいぶん楽でしたね。帰省のラッシュが5日だったという結果ですが、みんな最終日を敬遠したか?それとも最終日が全国的に雨の予想だったので切り上げたのか?そこら辺はわからないトコですが、結果的には最終日の移動は正解でしたね。
岡山への行きが大変で、夜9時に金曜日スタートしたものの富士山の近所で夜明かし・・・。
SAの混雑も酷くそのときは帰りのことを考えてぞっとしましたが・・・。


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