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世界を感じた2日間。
何かしようというキモチだけで何でもできることを示した。
これを生で見ることが出来たのは幸運だった。
で、今見ると当時の見え方と随分違って見えるもんだ。

そして、其の影でドタバタ劇があったことが今さらながら知ることとなった。いろいろ拾い上げてみると・・・・

●当日、来賓として招かれたチャールズ皇太子と(当時)ダイアナ妃を迎え入れる際、ライヴエイドの発起人である、ボブ・ゲルドフも、この2人と一緒に入場。人権問題に大変な関心を寄せていたダイアナ妃の意向で、この2人の出席が実現。ちなみにボブが必死にアフリカへの食糧支援を訴えていたが全く聞く耳を持たなかった当時の英国首相サッチャーは招かれなかった。Wikipedia

そうか当時は『鉄の女』の時代だったな。こうやって見るとダイアナ妃ってのはチャールズをひっぱってたのね。

●コンサート当日、ロンドンはウェンブリー・スタジアムに約8万人の観衆が詰め掛け、その周りにも入れなかった人々が集まっていたという。ちなみにチケットはアリーナ席が25ポンド(当時で約8250円)で、一般売りされたのはこの立見席だけだったが、発売後5分間でソールドアウトとなった。他にはロイヤルシート、豪華ディナーがついて250ポンド(約82500円)までの5段階に分かれており、100ポンド以上の席には他のアーティストの演奏を見ようと多くのアーティスト、著名人が数多く見うけられた。Summer Dream of Live Aid

そりゃそうやね。自分が出てるとき以外は暇だし。お呼ばれになってない人らも、まとめてヒトのステージチェックできるもんな・・・。

●ボブ・ディランやジョージ・ハリスンらが参加したバングラデシュ・コンサート、ウイングスやエルビス・コステロ、プリテンダーズらが参加したカンボジア救援コンサートなど、後のライヴ・レコードの権利で揉めたり、金の使途が不明になったり、あるいは救援物資が軍部で止まったり、最悪の場合義援金が軍用武器に使われたりということまであったため徹底した運営体制を取った。Summer Dream of Live Aid

●客席から客を引っ張り出す事は取り決めで禁止されていたのに、U2のボノが2曲目、『バッド』の間奏中に客席から女性客を引っ張り出し、その女性とダンスを踊り出し、その後、テレビクルーの女性スタッフとも踊るという珍事を起こした。Wikipedia

そんなルールも知らんかったし・・・。

U2 のライヴアクト

●新聞でもこの計画発表の記者会見翌日の6月11日からは毎日紙上にライブ・エイド関連の記事が必ず掲載された。「ビートルズ再編か?」という記事が踊ったのもこの頃で、ジョンの替わりにジュリアンが入るなどと噂があった。が結局ポール・マッカートニーのソロ。Summer Dream of Live Aid


●ポール・マッカートニーは『レット・イット・ビー』をピアノで披露。曲の最後の方ではボブ・ゲルドフ、アリソン・モイエ、デヴィッド・ボウイ、そしてザ・フーのギタリストである、ピート・タウンゼントが飛び入りでコーラスを努め、会場を大いに沸かせた。Wikipedia

流石にこういうのが嬉しいですよね~♡

Paul McCartney - Let It Be (live aid '1985)

●クイーンのステージは絶賛を受けベストギグに選ばれた。

フレディーのホントに嬉しそうなライブアクトを見ているとこちらまで嬉しくなるよ。そして本当に元気にステージを走り回っているのを見ると切なくなるね。みんなクイーンのことフレディーのこと好きなんだなぁなんて『じ~ん』とくるよ

Queen Voted Best Gig-Live Aid

クイーンのステージ

●マドンナはベット・ミドラーの嫌みのある紹介にも関わらず、熱意あるパフォーマンスで聴衆を魅了。しかしバックステージではスーパースターを気取り、他の出演者から大ひんしゅくを買っていた事が後日判明。ベッド・ミドラーは、このマドンナの態度を見て、あの様な紹介をしたと関係者に証言。Wikipedia

Bette Midler introducing Madonna Live Aid 1985

●クロスビー・スティルス&ナッシュは『ティーチ・ユア・チルドレン』で素晴らしいハーモニーを披露したが評判は乏しく、「犬にしか楽しめない悲痛のハーモニー」と後日、批判された。Wikipedia

ひどい言われようだけど、実際テレビ見ててじじいの番にはトイレタイムかチャンネルかえるかだったもんなぁ~。

●フィル・コリンズは『夜の囁き』をピアノだけで披露。この後、突然フィルがレッド・ツェッペリンのメンバーであるロバート・プラント、ジミー・ペイジ、ジョン・ポール・ジョーンズをステージへ呼び込み、『ロックン・ロール』、『胸いっぱいの愛を』、『天国への階段』、を演奏した。ドラムはフィル自身とトニー・トンプソン(シック。ライヴエイドではパワー・ステーションのドラマーとして出演)のダブル・ドラムで行なわれた。この奇跡が実現したのはフィル自身がレッド・ツェッペリンと共演したいが為に、このライヴエイドを利用したと後日語った。) Wikipedia

live aid phil collins heathrow airport july 13 1985

Phil Collins "Against All Odds" (live) Live Aid 1985

Stairway to Heaven Live At Live Aid 1985 Led Zeppelin

●ロン・ウッド、キース・リチャーズ、ボブ・ディランは3名での共演。ディランの代表曲である『風に吹かれて』をトリで披露。しかしモニタースピーカーを取り払われたり、幕の後ろでは大トリの『ウィ・アー・ザ・ワールド』を他の出演者が練習し出したり、演奏中にギターの弦が切れて、急遽、ロン・ウッドとギターを交換したり、という3重のハプニングに見舞われた上にディラン自身も音程を外してしまった。ディランは、このライヴに全く納得しておらず、同時にメディアからも自身の出演パートを『みすぼらしい』等と酷評される始末であった。ちなみに大トリの『ウィ・アー・ザ・ワールド』にソロパートを持っているにも関わらず、かなり後ろの方で黙ってギターを弾いていて全く歌っていない。なお、同じく出演していたエリック・クラプトンは後に「あんなことをしてディランの邪魔をするくらいなら、ソロで『戦争の親玉』でも歌わせればよかったのだ。」とロン、キースを批判している。Wikipedia

ガゾーを見ればわかるけどせせこましい状況なんだよね。気の毒だけどね。

Bob Dylan, Keith Richards & Ron Wood - Blowin' in the Wind

●『ウィ・アー・ザ・ワールド』でライヴエイドのフィナーレを飾った。ハリー・ベラフォンテのパートまでは和やかだったが、シーナ・イーストンのパートのところでジョーン・バエズがマイクに割り込んできたのをきっかけに見苦しいマイクの争奪戦となったところで日本中継は打ち切られてしまった。イベントの趣旨とかけ離れた出演者たちのこの挙動に不快感を感じた声は少なからず上がった。「マイクの奪い合い」に見えた点は各人がコーラスをマイクに乗せようとする気持ちが勝ちすぎたものと思われる。しかしながらリードシンガーのマイクを握って自分の方に向けようとするのはいかんせんやりすぎであった。また、パティ・ラベルの声量が大き過ぎた点に関してはリフレインのユニゾンコーラスのところでパティがオブリガードを乗せる役割を与えられたようであり、そのことに関して彼女自身の落ち度はない。声量が大き過ぎた点に関してはPA担当のミキシングの不手際であると思われる。Wikipedia

結構がんばってガゾー探したけどないね。インボーだね。
まぁホントにむちゃくちゃで、ウェンブリーを見た後だから余計にそのバラバラさに呆れたもんだよ。

●ジョーン・バエズ(ライヴエイド・アメリカ会場のトップバッター。'60年代のフォークコンサートのノリでアカペラで聴衆に『アメイジング・グレイス』を歌わせようとするもあまりに場違いで孤立してしまう。窮余の一策で途中から『ウィ・アー・ザ・ワールド』を歌い出したが、会場を盛り上げるにはいたらず、そのまま退場。したがってDVDではバエズ自身が『アメイジング・グレイス』をフルコーラス歌い、軽く会場が盛り上がった所で映像が切られている。前述のボブ・ディランと共に「フォーク時代の化石」とメディアの非難を浴びた。)Wikipedia

基本的にライブエイドでは、ウッドストックの頃からの連中には厳しかった。もうそんな時代でもなかったのにね、がんばっちゃてたから・・・。うぜえよ・・・。って感じ?

●ボブは「ライブエイドの目的は金を集めることにある」と明言しています。それを象徴する逸話もあります。ライブエイドは英米の超大物たちが顔をそろえましたが、黒人の出演者が少ないという難点がありました。プリンスやマイケルジャクソンすら出ていなかったのです。これは黒人軽視ではないか、という問いかけに対し、ボブはライブエイドの目的は「出演者はどれだけ多くの人を集められるかという観点で選んだ。スティールパルスとワム!のどちらかを選べといわれたら、迷わずワム!を選ぶ」と答えています。「より多くの人を呼べれば、より多くの金が集められ、アフリカで生きられる人の数が増える」という現実的な理由からです。
ロックは世界を救えたか?


理由はどうあれ、すばらしいライブだったと思います。
感動的でした。
ただそれだけで、ボブゲルドフがノーベル賞候補になってしまうのもどうかと思いますけどね・・・。

ウェンブリースタジアムのフィナーレDo they know it's christmas Live aid 1985 london

●邦楽ファンの取り込みも狙ってか海外からの中継を中断してフジテレビが独自にスタジオで収録した邦楽アーティストのパフォーマンスを流した。もちろんその時は洋楽ファンから「貴重なコンサートをぶったぎって日本のアーティストなんか見せるな!」と抗議が殺到した。Wikipedia

あ――それ、オレオレ(笑)
電話したわけじゃないけどね。そんな感じでぶーぶー言ってたよ。

●ライヴ・エイド15時間放映にたいする日本側(ことにTV局側)の対応のわるさというか、ひどさについては、既に言い尽されている。だから、このことにはあまり触れたくないのだが、かといってそこを回避していたのでは話が始まらない。

なによりあきれたのは、ロンドンとフィラデルフィアでリアルタイム(実際には1時間の時差があったそうだが)に進行している二つのコンサートが織りなす対位法的な時間の流れを無視して、深夜のワイド番組そのままのこまぎれ構成をやってのけた演出の無神経さである。それが見ている人間をいらだたせたかは、放映開始と同時に殺到した抗議の電話の数にも出ている。

フジTVは先にも東京国際映画祭のレセプション・パーティでも、同じ過ちを犯しており、国際的な規模のプロジェクトに、これで二度もたてつづけにミソをつけた勘定である。

だいたいこの手のライヴ・プロジェクトの司会進行に複数のキャスターを置くこと自体、いかにも日本的なやり方である。かてて加えて、入れかわり立ちかわりゲストがあらわれる、ゴチャゴチャしゃべりあう、ときているのだからたまらない。通信衛星を14も使っての多元中継という、ただでさえ流れにのりにくい番組の進行が、おかげでズタズタになってしまった。視聴者が見たいのは、プロジェクトに参加したミュージシャンたちのライヴ・ステージであって、説明や能書きではないということ。そんなことが分からないマスコミ体質の無神経さに、腹をたてなかった視聴者はいなかったはずだ。

おかげで、わざわざスタジオまで出向いてきて間接的な参加を表明した日本側アーティストたちは、大いに割をくった。ただでさえコンサートの盛り上がりを共有しえていないひけめを、ウダウダしたしゃべりで糊塗しているような印象を視聴者に与える結果につながったからである。(以後略)
「FMfan」誌の相倉久人氏の記事
テキスト起こしはSummer Dream of Live Aid


まぁテレビで見ててグダグダになってたのはよくわかった。
同時通訳のヒトも追いつけないから何言ってるのかわからん日本語だったし、やたらと『ハロー!』を『こんにちわ!』と訳してたし。
わかるわそんなもん!
なんも手を加えず、そのまま流したほうがよかったのにね。
逸見アナも当時人気あったけど、洋楽オンチっつーかぜんぜん知らんかったし、そんなおっさんに司会させたらアカンわな・・・。
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