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高校野球が一番盛り上がった時期にその中心にいた人。
小学生だった私はかなり池田高校は衝撃的だった。
今、高校野球の特待生制度が問題になっている。蔦監督は県立高校の監督で県内でもいい子が取れないと嘆いていた。それでも甲子園を目指した。

1971年の夏に初出場したとき蔦監督はこう語った。
「山間の町の子供たちに一度でいいから大海を見せてやりたかったんじゃ」
この言葉は池田高校の校門の横の石碑に刻まれているという。

1974年のセンバツ。聞いたこともない池田高校が旋風を巻き起こした。チェンジのときに内外野から猛ダッシュで帰ってくるナイン。「さわやかイレブン」と呼ばれたわずか11人の部員で準優勝した。少ない生徒でよく頑張ったもんだと感動をよんだが、後のインタヴューでこう語った。
「さわやかでも何でもない。ワシのしごきがきついけん、ついていけんようになっただけじゃ。」
実際、当時の部長も大変なしごきようだったと語っていた。

1979年夏にも箕島高校に惜敗したものの準優勝。
その後、芯を少々外していても筋力があれば打球を飛ばせる金属バットの特性を最大限に生かすため、筋力トレーニングをさせた。おかげで徳島の山の中にバッティングの快音が響いていたという。その音を「やまびこ打線」というニックネームの発祥という説もあるし、打ち出したら止まらず響く快音からという説もある。

「ワシはバントとかコツコツ当てていく野球は嫌いなんじゃ。野球に理屈はいらん。思い切り、のびのび打ったらええんじゃ」

と語っていた。
昭和62年 甲子園 池田対中京

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そういう蔦監督の名言。
『失敗したことそのこと自体は不名誉なことではない。
失敗してダメになるなら、それが不名誉なことだ。』
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今はゴールデンウィークでタイマーで更新されてます。それを某所で日々眺める毎日。ずいぶん前に自分で書いておきながら、自分でもじーんときてます。(笑)
【2007/05/05 21:04】 URL | phactory #sSHoJftA[ 編集]

ちょうど自分が思春期だった時の事ということも有るし、飲んで今帰ったとこという事と相まって、ジーンとしました。
すごいなーと思った鮮烈な記憶があります。
【2007/05/04 21:20】 URL | bkbnp #-[ 編集]















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