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Karl Gotch、1924年8月3日 - 2007年7月28日

1968年1月日本へ移り住み、日本プロレスのコーチに就任。「ゴッチ教室」を開き、アントニオ猪木に卍固め、ジャーマン・スープレックスを伝授。さらに山本小鉄、星野勘太郎といった当時の若手・中堅選手を厳しく鍛えた。ヨーロッパ仕込みのテクニックから「プロレスの神様」と称される。

コーチとしてのゴッチは、豊富な知識から様々な練習方法を提案し、やる気を出させる教え方が上手なため、慕っているプロレスラーが多い(ただし、スパーリングは非常に厳しいらしい)。ゴッチの教えは「ゴッチイズム」と呼ばれ、ゴッチの指導を受けたアントニオ猪木が新日本プロレスで「ストロングスタイル」を確立したため、特に新日本プロレス出身のプロレスラーの間では畏敬の念を抱かれている。もっとも、これはアングルの一種でもあり、弟子たちの多くはゴッチを利用して有名になるとゴッチの下を訪れなくなったため、ゴッチがインタビューでかつての弟子たちに苦言を呈したこともある。

長州力がデビュー戦から使用し続けているサソリ固め(スコーピオン・デスロック)は、ゴッチが伝授したと言われている。
藤波辰爾の得意技だったドラゴン・スープレックス(フルネルソン・スープレックス)は、ゴッチが元祖である。
ゴッチは「12種類のスープレックス」を新日本プロレス期待の若手であった当時の前田日明に伝授している。前田がヨーロッパ遠征から帰国した際、前田の帰国第1戦の対戦相手であるポール・オンドーフが、ゴッチ直伝のスープレックスで前田を売り出そうとする新日本プロレスに対して「前田のスープレックスは危険だから受けたくない」と訴えると、そのことを知ったゴッチは、試合前に控え室でオンドーフを非難すると、試合では前田のセコンドに付き、「オンドーフをつぶせ(受身の取りづらい種類のスープレックスをかけろ)」と指示を出した。
ゴッチは小沢正志のためにモンゴル人のギミックを考案し、「テムジン・モンゴル」と命名したが、小沢がアメリカへ進出する際に「キラー・カーン」と改名したために破門している。その後、ゴッチと小沢が和解したかどうかは不明である。
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